崖の上に建つ観音堂、癒しの隠れ家!
大慧山瀧水寺の特徴
上田市の大慧山瀧水寺は、観音堂が岩の上にそびえ立ち、素晴らしい景観を楽しめます。
手入れが行き届いているお寺として、しだれ桜やイトザイラの満開が訪れる人を魅了します。
真田昌幸の叔父が再建した真田縁の寺で、歴史の深さを肌で感じることができます。
よい彫刻があります。景色もよいので下から見上げるだけでなく、登って参拝をお勧めします。
小諸布引観音観音寺みたく20分以上掛け登る事は無いのですが、石階段の登りは勾配がキツいので、帰り道は墓地側からの安全な道を選択しましょうお堂に上がってお参りをする時、ミシミシっう底が抜けそうな音が怖い 山の合間に田園風景が広がります。
「瀧水寺」と書いて「りゅうすいじ」と読みます。真田氏の故地にあっても真田氏との直接的な関係はなく、取り立てての文化財があるわけではないものの、懸造りの観音堂は思わず感嘆の声をあげるほどの見ごたえです。観音堂からの上田平の眺望も最高です。上田を訪れた観光客のうちでもこの辺りまで足を運ぶ人は少数派で、そのうえ真田氏に無関係とくれば訪問先の候補にすら上がらないと思われますが、あわせての立ち寄り先としては十分な見ごたえであり、おすすめです。
2024.3.7、真田町散策の帰り、ふと寄ったところ、崖に建つ観音堂に魅了され、上まで登らせて頂きました。良い時を過ごせました。
観音堂の登り口にお大師さまがいらっしゃります。お大師さまと目が会い、ゾクッとする迫力あるお姿に有りがたさを感じました。この観音堂はそれを建てるにあたった棟梁は17才であったとの事です。観音堂からの上田平、及び遠くの北アルプスの眺望は感動モノです。
気さくなご住職で親切丁寧な対応に感謝です。
上田市殿城にある真言宗豊山派の寺院 大慧山 瀧水寺です。瀧水寺は鎌倉時代の正応年間(1290ころ)に慧算法印が創建し、安土桃山時代の天正15年(1587)に矢沢薩摩守綱頼によって再建されました。
信綱寺から歩いて20分程で着く予定が、道を間違い30分以上掛かりました。懸造のお堂が良いです。
ここまで凄い寺が上田にもあったとは知りませんでした。長野のブランド堂、小諸の布引観音にも引けを取らない立派なお寺です市内唯一の真言宗豊山派なので、智山派に負けずに頑張って貰いたいです。
| 名前 |
大慧山瀧水寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0268-27-6938 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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大慧山瀧水寺は長野県上田市真田町殿城に境内を構えています。瀧水寺の創建は正応3年(1290)頃、慧算が龍宮明神を勧請したのが始まりとされます。以来、神仏習合し隣接する龍宮神社の別当寺院として祭祀を取り仕切っていたと思われます。現在の瀧水寺本堂は天正15年(1587)、矢沢綱頼(真田頼昌の3男、真田幸隆の弟、真田昌幸の叔父:当地方の有力国人領主だった矢沢家の養子として入り、以後、真田氏の中心的な家臣として活躍し沼田城:群馬県沼田市の城代などにも赴任しています。)と夫人との発願で再建したもので寄棟、銅板葺、桁行6間、正面1間向拝、内部には本尊である大日如来尊像が祀られています。瀧水寺護摩堂は弘化3年(1846)、仙石政相(旗本:矢沢領主)が大願主として再建したもので寄棟、銅板葺、桁行2間、内部には水現不動尊が祀られています。瀧水寺観音堂は天保13年(1842)に建てられたもので、入母屋、桟瓦葺、懸造、妻入、唐破風向拝付、向拝部には繊細な彫刻が施されており江戸時代後期の堂宇建築の特徴が見られ、内部には永観年間(983~985年)、恵心僧都が自ら彫り込んだと伝えられる十一面観世音像が祀られています。十一面観世音像は元々赤坂村にあった岩谷堂の本尊でしたが観音堂が再建された際、当寺に遷されたそうです。山号:大慧山。宗派:真言宗豊山派。本尊:大日如来。