由緒ある小野神社の旅へ。
小野神社(小野天神之多初阿豆委居命神社)の特徴
国道沿いのバス停からアクセス可能で、安心して訪れられます。
小野族にゆかりのある由緒正しい式内社です。
のどかな景色の中で心静まる神社の雰囲気を楽しめます。
小野神社には、もう一つ式内社があり由緒ある神社。本殿の中もきれいに、修繕されてあり氏子の皆様が大切にされていることが伝わってきた。お宮までの道が狭いので、普通車の方は道幅ギリギリなので安全運転を。お宮には、車で上まで上がれますが急な坂道なので不安な方は下に車を置いて階段で上がられることをオススメします。
小野族ゆかりの神社。歴史ある神社のようです。ここに来るまでに、かなり細い道を通る必要があります。鳥居の近くに駐車スペースがあります。
覆屋のため不明。
車で神社までは、自信がないので国道沿いのバス停辺りに停めて歩いて行きました。登りの階段は、まあまああります。
小野族ゆかりの式内社。JR駅前の旧道から車1台がギリギリの細い道に入った先に鎮座してます。天気の良い昼間だから車で行けた感じです。海の近くの小高い丘の上ですが、海の気配は余り感じません。波風に対して安全な位置なのかもしれません。
| 名前 |
小野神社(小野天神之多初阿豆委居命神社) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=6492 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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小野神社(おのじんじゃ)。島根県益田市戸田町。式内社(小)小野天大神之多初阿豆委居命神社、及び、式内社(小)菅野天財若子命神社論社、旧村社。【祭神】小野天大神之多初阿豆委居命(おののあめおほみみわのたそあつわけのみこと、大己貴命)(配祀)日本武尊 応神天皇 神功皇后 比売大神 須佐之男命 など資料によると、『石見国抄』によれば、第59代宇多天皇の御宇、平安時代前期の寛平3年(891年)の鎮座だという。昌泰2年(899年)、授位の記事がある。小野郷は、その昔小野族と柿本族が開いた古代文化の発祥の地。小野は春日族の支族で、遠く大和国からこの地に移住し開拓した。当社の南には、柿本人麻呂の生誕地ともされる戸田柿本神社がある。小野の地名はその族名に由来し、当社はその始祖を奉斎したのである。幕末の慶応4年(1868年)、式内社に認定され、明治4年(1871年)4月11日に正式に再興、正遷宮が斎行された。その際、津和野藩主より八ツ花形の御神体・四つ目菱形の紋幕の奉納があったという。旧八庄屋20ヶ村2000戸以上の氏神となった。明治6年(1873年)5月、村社に列し、明治41年(1908年)9月25日には松霊山と呼ばれ、八幡宮があった現在地に遷座した。そのため現在も当社の通称は八幡様。その際、村社八幡宮、村社菅野神社、大年山の大年神社を合祀した。明治44年(1911年)3月4日、神饌幣帛料供進社に指定された。合祀した菅野神社はもとの鎮座地は不明とも、宮田ともされるが、「菅野天財若子命神」に比定される式内社(小社)の論社である。他の論社に、市内横田町の豊田神社、匹見町の若宮神社がある。昭和49年(1974年)、拝殿と粟島社殿が新改築され、昭和50年(1975年)4月には1200年式年大祭が斎行された。とあります。