平松宿の風情、厨子二階の魅力。
伊賀街道 平松宿の特徴
宿場町の名残が感じられる厨子二階の建物群が魅力です。
伊賀市平松の伝統的な景観が散策を楽しませます。
昔ながらの雰囲気が漂う平松宿で歴史を感じるひとときを。
昔の宿場町。道の両脇に民家が並んでいるところが昔の名残をとどめています。史跡のようなものが無いか探したところ、木製の道路元標を見つけました。「長野村大字北長野へ拾壱粁弐百五拾壱米、山田村大字平田へ九粁八百五拾壱米、津市元標へ弐拾八粁七百九拾参米、昭和拾弐年拾弐月」とありますね。道路元標は大正時代以降に道路の起点として置かれたものですが、今は正確なGPSがありますから道路元標が使われることはありません。道路元標の設置の元々の目的は、「↑津市市街」とあるような道路の青い標識の行き先がこの柱というところ。
| 名前 |
伊賀街道 平松宿 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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平松宿に差し掛かると、道の両側に厨子二階の建物が並ぶのが目に入る。今では木戸や雨戸はサッシに変わってしまっているが、江戸時代の町家の様子を留めている。虫籠窓もみえる。厨子二階は大名行列やお侍さんを上から見下ろさない為だが、実際の所街道からは見えないが、中からは見事にはっきり見えるので驚いた事がある。この平松宿は、上阿波宿が3年連続火災に遭い、復興が危ぶまれた時急拵えで造られたようだ。伊賀街道は藤堂津城と伊賀上野を結ぶ重要な道(12里10町の道程)で、津藩のお殿様が伊賀の出城に向かわれるのに、早急に宿場を再建する必要があり、何もない所に一から建てた方が早いと判断したのではないかと思われる。近くに川があり、家の基礎に丸い川石(玉石)を使うのに事欠かない。火災を意識してか、火除け場もいくつか作られ、全ての建物と建物の間に、人ひとりが通れる程の小路を設けている。これも火災を食い止める為の工夫の一つではないだろうか。更地に板の名の軒瓦と火伏せの瓦が置かれていて、不思議に思ったのだが、古地図に “宿屋板や” とあるので、取り壊した跡の瓦のようだ。調べてみました。宿屋屋根に七福神等乗せていたらしい。50年程前に取り壊され、七福神の瓦は現在大山田富永の大山田郷土資料館に展示されている。必見です。