極貧者でも良し、学びの場。
越後与板藩10代藩主 井伊直安の墓の特徴
越後与板藩の最後の藩主、井伊直安のお墓です。
藩校正徳館の再興で教育を推進しました。
井伊直弼の四男として、歴史的な背景があります。
彦根藩の支藩である越後与板藩の第10代最後の藩主ですが、井伊直弼の4男です。養子となった越後与板藩の菩提寺ではなく、実父の井伊直弼のお墓がある「豪徳寺」に埋葬されることを望んだため、豪徳寺にお墓があります。洋画・日本画のいずれにも秀でた方で、ここ豪徳寺に残された「井伊直弼画像」は、このお墓の主である「井伊直安」が描いたものです。井伊直弼が裃着用した和装の正装の姿を描いた肖像画ですが、日本画ではなく洋画として描かれています。洋画らしく写実的な井伊直弼の風格を感じさせる肖像画ですが、桜田門外の折、9歳であった井伊直安の思い出を元に描かれたものです。井伊直安のお墓は、「彦根藩井伊家墓所」の墓域内にはなく、その入口近くにあります。しかしながら、お隣は、井伊直弼公の墓守と呼ばれた遠城謙道のお墓、また、兄である井伊直憲が遠城謙道への感謝した建立した石碑「遠城謙道師遺蹟碑」も近くにあります。
| 名前 |
越後与板藩10代藩主 井伊直安の墓 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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井伊直弼四男で越後与板藩の十代藩主藩校「正徳館」を再興し、藩士の子弟に限らず広く領民に就学を呼びかけ『極貧者でも良し。衣食住に欠ける者は校内に寄宿しても良い』と藩民皆学を奨励した名君。