麻布台ヒルズの滑り台、歴史を感じる公園。
我善坊横川省三記念公園の特徴
麻布台ヒルズに位置する、小さな公園です。
滑り台が素敵で、子どもたちに人気です。
崇源院の近くにあり、歴史的な背景があります。
麻布台ヒルズの高層ビルの中にある小さな公園です。狭いので長時間は遊べないですが、子供が20分くらい遊ぶのにはちょうどいいです。新しいのできれいです。
滑り台が素敵。
綺麗で滑り台最高に楽しいですが、某ブリティッシュスクール生徒の無法地帯。
| 名前 |
我善坊横川省三記念公園 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.minato.tokyo.jp/shisetsu/koen/azabu/16.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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崇源院(1573年〜1626年)は、浅井長政の三女でお市の方の娘。浅井三姉妹の末っ子で、最終的に徳川秀忠の正室となり、3代将軍家光を含む子供たちをもうけた人物です。そして我善坊谷(現在の麻布台一丁目、麻布台ヒルズのある場所)との関係ですが、主に2つの説があります。説その1:龕前堂(がんぜんどう)由来説(崇源院の葬列ルート説)崇源院の葬列がこの谷を通った際、「龕前堂」と呼ばれる仮のお堂がこの谷地に設けられました。その後この一帯が「龕前堂谷」と呼ばれるようになり、やがて発音が変化して「我善坊谷」になったとされています。説その2:火葬場説「徳川実紀」には、崇源院(お江)の火葬場が設けられた場所として「我善坊谷」が記されています。ただし、その記述の信憑性については疑問視する研究者もいます。火葬に携わったのは深廣寺・教善寺・光専寺・崇巌寺・正信寺の5つの浄土宗の寺院で、これらは後に火葬地一帯の麻布野に寺領を与えられています。なお崇源院とは無関係の別説もあります。座禅を組む僧がいたことから「座禅坊谷」という地名が生まれ、それが訛って「我善坊谷」になったという説も存在します。そして現在の状況。この我善坊谷は森ビル主導の再開発「麻布台ヒルズ」建設に伴い、2019年6月に区道が廃止・閉鎖され、土地を嵩上げして谷地を平地にする工事によって谷そのものが消滅しました。まとめると、江戸時代最高権力者の妻の死と火葬・葬送という歴史的な出来事が、麻布台という一地域の地名に400年間刻まれていたわけです。そしてその痕跡も今は麻布台ヒルズの地下に埋まっています。ちょっとロマンがありますよね。