昭和8年の歴史を感じる、聖路加国際病院。
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| 名前 |
旧:聖路加国際病院 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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聖路加国際病院(旧館) ~東京都選定歴史的建造物~所在地 中央区明石町10設計者 A.レーモンド&B.フォイエルシュタインそしてJ.V.W.バーガミニー(詳細は後述)建築年 昭和8年(1933)昨日、カトリック築地教会を見学した後、聖路加国際病院(旧館)に行ってきました。築地明石町は元外国人居留地で、東京における外国との最初の窓口。そのような歴史的由緒のある場所にふさわしい建物がこの病院です。明治35年(1902)、築地病院を聖路加病院と改称し、トイスラー博士が院長に就任。大正12年(1923)の関東大震災を経て、昭和3年(1928)新病院が着工され、同8年(1933)に完成しています。設計は最初A.レーモンドが当たり、病棟の中心部に高い尖塔をあげた案をB.フォイエルシュタインと共に計画しました。この案は当時の先駆的な近代主義的な計画案であったのですが、途中、設計者がJ.V.W.バーガミニーに変更となり、現在見られるような意匠になったということです。この病院中心部の背面に突き出た礼拝堂は、近代ゴシックともいうべき荘厳な空間をもち、美しいステンドグラスと共に、キリスト教のチャペルとして、ふさわしい雰囲気を漂わせているということです。平成9年(1997)、中央部の一部(礼拝堂)を残し、これと調和した新病院を新たに竣工。現在に至ります。1. 当初の「レーモンド&フォイエルシュタイン案」とは?アントニン・レーモンドと、その相棒で天才デザイナーとも称されたフォイエルシュタインが描いた当初の図面は、今の姿とは全く異なるものでした。・デザイン:「近代主義(モダニズム)」の極み。装飾を一切削ぎ落とした、非常にシャープで直線的なコンクリートの造形でした。・尖塔の正体:現在のような石造り風のゴシック様式の塔ではなく、まるで巨大な工場の煙突か、宇宙ロケットのような、非常に抽象的でモダンな塔が、病院の真ん中にドーンとそびえ立つ計画だったそうです。・評価:当時の建築界では「日本の近代建築を数十年先取りしている!」と大絶賛されました。2. なぜ設計者が変わったのか?絶賛されたレーモンド案がなぜ「ボツ」になり、バーガミニーに交代したのか。主な理由は2つあります。①トイスラー院長の「好み」と「信仰」施主であるトイスラー院長は、クリスチャンとして「病院は、患者さんの心を癒す伝統的で温かい場所であるべきだ」と考えていました。レーモンドの案はあまりに「未来的で冷たすぎる」とトイスラー院長の目には映ったようです。彼はもっと、ヨーロッパの伝統を感じさせる「ゴシック様式」を望みました。②予算と構造の問題レーモンドの斬新なデザインは、当時の日本の技術ではコストがかかりすぎるという側面もありました。そこで、より教会建築の伝統に精通し、トイスラー氏の理想(ゴシック様式)を形にできるJ.V.W.バーガミニーに白羽の矢が立ったのです。3. 結局どうなったのか?交代したバーガミニーは、レーモンドが考えた「建物の全体構成」は活かしつつ、外装を「ネオ・ゴシック様式」に塗り替えました。そうして「中身(骨組み)は最新のレーモンド、外見は伝統的なバーガミニー」という、奇跡のハイブリッド建築は完成したのです。(2026年4月12日訪問)