サントリー山崎蒸溜所近くの静謐な神社。
椎尾神社の特徴
サントリー山崎蒸留所近く、清々しいパワースポットです。
鬼滅の刃の世界観を感じる、静かで穏やかな境内があります。
季節ごとに美しい自然を堪能できる、歴史ある神社です。
大阪府三島郡島本町本町山崎におわします。サントリーの工場の真ん中を抜けて(公道)突き当たりに鳥居が見えます。一瞬工場内に入るから守衛さんに声かけしないといけないのかと思ってしまいます。お宮の裏手は天王山です。入り口に西観音寺跡を示す案内があります。御祭神は現在 素戔嗚命 聖武天皇 後鳥羽天皇です。 かつては椎尾大明神(牛頭天王)でした。 そうです。 天王山の由来です。明治になるまでは神仏に境目はありませんでした。一緒にお祀りされてました。奥に天王山へ続くハイキングコースがあります。
山崎蒸溜所見学の中で伺いました。山崎の山の麓の佇まいが素晴らしかったです。いつまでも山崎のウイスキーを楽しめますようお守り下さい。
サントリーの山崎蒸留所の北側にあります。落ち着ける鄙びた場所です。
季節ごとに表情を変えるあざやかな自然を満喫できる所です。(私のパワースポット)
駐車場、無かったと思います。サントリー大山崎工場の奥に、鎮座されてます。サントリー山から谷を下って、神社裏から辿りつきましたwww谷底という場所のためか、神域としての雰囲気抜群で、気が引き締まる感じの空気感でした。神社ウラには、名神高速道路の天王山トンネルが谷を渡るために、少しだけ露出して見えるという珍しい光景も!!
奈良時代の天平18年(746)西観音寺という寺院が有ったそうだ。作ったのがあの奈良の大仏で有名な行基さん。更に修験道の開祖、役小角がこの奥の谷で修行、滝の前に不動明王を安置、山の上に弁財天社を勧誘したという。サントリーの敷地内の焔魔堂の跡碑、椎尾神社の駒札に、江戸時代には「観音寺」「宝積寺」そして「西観音寺」が並び、西国街道は山崎宿として栄えたと…だが明治になり(1858)神仏分離、廃仏毀釈という政府の命令、西観音寺は壊され無くなってしまう。どっこい、椎尾神社が残っていました。サントリー蒸留所の守衛室で"向かいの神社へお参りします。通らせて貰っても宜しいか ?"ハイどうぞ ! 気持ちの良い返事が帰って来る。椎尾神社、今は素戔嗚尊、聖武天皇、後鳥羽上皇を祀った静かな神社、本殿前で手を合わすとSUNTORYの樽も見えます😉大きな谷が有りコンクリートの堤防がある。役小角修行の滝はこの上と予測、少し登って見ます。そこには名神高速道路、谷を横切る大きな管の中を車が走っているのです。いやぁ名神開通は1963年の事、60年前の史跡に感じます(わはは)
静謐な境内を進み、石段を登ると真正面に拝殿があります。JR線踏切から一直線に北へ伸びる道路と境内参道の様子から、近現代に立ち並んだ他の建物よりもはるかに以前からここに鎮座されていることがみてとれます。現在は伏流してしまっていますが、山あいに滴る綺麗な水の流れのもとに祀られた(神社となったのは明治期のようですが)と想像すると、この場所がいかに特別か感じられるように思いました。付近に参拝者向けの駐車スペースは見当たりませんでした。
僧行基が聖武天皇の帰依仏である十一面観音を本尊にして開創したと伝えられる西観音寺という寺院がありました。「谷寺」とも呼ばれ、江戸初期には七間四面の本堂を中心に、堂塔が整然とたちならび12の僧房もあったと伝えられます。しかし、明治元年の廃仏毀釈によって西観音寺は廃寺となり、現社地より北東に移動になり、椎尾神社となります。建物や像は各お寺に分散していきました。本堂は観音寺へ、閻魔堂は大念寺へ、閻魔大王と眷属の五尊像は宝積寺へと、大山崎の寺にそれぞれ移されています。当初の祭神は椎尾大明神でしたが、現在は素戔鳴命(すさのおのみこと)、聖武天皇、後鳥羽天皇を祀っています。
清々しい気持ちになれるパワースポット!
| 名前 |
椎尾神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
075-961-4413 |
| HP |
https://www.osaka-jinjacho.jp/funai_jinja/dai2shibu/shimamoto-cho/t62.html |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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山崎蒸溜所の近くにある神社で鳥居がサントリーローヤルの栓のモチーフになっています。静かで蒸溜所のいい匂いが漂っていて雰囲気が良いです。