歴史を感じる元坂下一里塚。
荒井谷(元坂下)一里塚跡の特徴
荒井谷一里塚跡は、1681年製作の絵図にも描かれる歴史的な名所です。
坂下宿と片山神社の間に位置し、道の曲がり角が印象的です。
元坂下一里塚という別名も持ち、その名称が歴史を物語っています。
1681年製作の東海道絵図には、坂下宿と片山神社の間に荒井谷(元坂下)の一里塚の記載があり、ちょうど道が「へ」の字のように曲がっている頂点付近に描かれています。おおむね現在の道路も同じ軌道を描いているので、大体この辺りだと思われます。絵図には江戸から百三里、京から十七里と書かれています。本来なら江戸から百八里目ですが、宮から桑名の海上には一里塚が無いため一里塚としては百三里目としているのか、また東海道の一里塚に番号だけで造成されていないものが5か所(25、36、54、55,81)あるためその分を引いていると考えられます。
| 名前 |
荒井谷(元坂下)一里塚跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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荒井谷一里塚跡 (三重県 亀山市)元坂下一里塚とも呼ばれます。東海道五十三次で108里目 (424キロ) の一里塚になります。ここから鈴鹿峠方向に 300m (7分) 歩くと、江戸時代(1650年) に洪水 (土石流 ? )で流された元坂下宿跡があり、所々 木立の中に土台の石垣が残っている。今は無人だが、1650年までは 寺社の他に 111軒の人家があったそうです。ここ荒井谷一里塚跡の碑は たいへん小さい標柱です。一里塚跡『推定』と なっている。諸先輩方のブログや口コミを見ると、10年以上前のものだと「一里塚跡の表示が全く無い」と言うものが多いので、10年前頃に建てられたと推測します。ただ、教育委員会なのか ライオンズクラブなのか 誰が建てたかは書いていない。しかし たいへん小さい標柱です。無いよりは良いのでしょうが。数日前の 名古屋市熱田区の伝馬町一里塚は 都会の ど真ん中ですが、植え込みだけで 表示無しでした。他には、消えかかっていて読めなかったのが、宇津ノ谷一里塚と長澤一里塚(豊川市) 他にも多数あります。(旧東海道を日本橋から歩き始めて27日目)