公園前の立て札で情報満載!
船入川跡の特徴
船入川跡には説明板が設置され、歴史を学べる環境が整っています。
公園の前に立つ立て札が、訪問者の興味を引きます。
ここで歴史を感じながら散策を楽しむことができるスポットです。
説明板があり、下のように書かれてました。江戸時代から大正時代まで、この辺りは八郎右衛門新田と呼ばれる農村地域で、この公園の前を南北にはしる通りは、かつて船入川という名の川でした。船入川は、現在清洲橋通りとなっている、境川から南流し東砂8-6・21辺りで堀留めとなっていました。ここでは、道幅が急に狭くなっていて、当時の面影をとどめています。主に、農業用水や荷物の運搬に使われ、両岸の土手の上には、農家や鎮守社が軒を連ね、その背後には耕地が広がっていました。北から出戸の橋、神明橋、土橋、榎本橋という4つの橋が架かっていました。昭和十三年(1938)から埋立てられ、昭和十五年(1940)に砂利道となりました。今は通称「四十町通り」と呼ばれています。この名の由来は、八郎右衛門新田の面積が、40町(約40ヘクタール)あったためと言われています。
| 名前 |
船入川跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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公園の前にある立て札。この通りはかつて舟入川であり、今は埋め立てられたことなどの歴史が留められています。