500歳のイチョウ、神秘の境内。
伊甘神社の特徴
毎年夏と秋に石見神楽の奉納が行われます。
下府駅から線路をくぐった先に位置する神社です。
立派な樹木に囲まれた歴史を感じさせる場所です。
浜田市下府・伊甘神社の赤瓦です。大正7年(1918)のヘラ書きのある赤瓦が残っています。
伊甘神社(いかんじんじゃ)・石見国総社697-0006 島根県浜田市下府町935(903-2)祭神:天足彦国押人命神紋:五三の桐、丸に「伊」AD861年、伊甘郷開拓を開拓した猪甘首の祖である天足彦国押人命を祭神として、伊甘神社が創建されたという。この地は下府砂丘の地下を流れる水脈から清水が湧出している、即ち命を守る甘い水が湧き出でる「井」である「御所の池」を抱え持っている。ここが「石見国の国府跡」で「石見国総社」であったことも納得できる。更に時代を遡って「伊甘神社は吹上浜と云う丘に鎮座していた」と伝えられている。想像をたくましくすれば、付近の地名から・・那賀郡=ナーガ神、金城町(かなぎ)、来原、来尾、追原、入野、今福、千田等々・・鉱物資源を求めてタルシシ船に乗ってここまでやって来たのかな?下府川を遡って伊甘神社の旧鎮座地(吹上浜の丘)を探し出して「巨石信仰」の名残を発見出来たら面白いだろう。
石見地方を開いた小野氏の祖神を祀る神社。ここが古代石見地方の中心地だったと思われる。中央から派遣された国司がまず挨拶にくるべき場所。ゆえに国府と推定されているのであろう。
下府駅から10分ほどで到着。イチョウのの大木に迎えられ、拝殿でお参り。拝所上の、龍の彫刻がにらみを効かし、この神社を守っるよう。境内を散策すると「御所の池」があり、昔の国府の人たちも癒しを求めてたんだなぁ〜と、苔に生えたキノコ?や池で泳ぐ鯉を眺め、私も同じように癒されるのでありました~
令和5年8月26日(土) 新大阪発、広島駅経由の石見万葉ツアーの二日目に参詣。社伝に貞観三年(861)創建とある石見国式内神社三四座の一座。御祭神は、孝昭天皇の皇子の天足彦国押人命(あまたらしひこくにおしひとのみこと)石見国庁があった地と伝えられ、社殿奥には国庁の庭園の池であったという「御所の池」がある。
#500歳のイチョウ、400歳のムクノキに目を奪われますが、鳥居も300歳でした。#「国府跡」説はエビデンスが弱いそうですが、式内社の格は揺るぎません。この格式の社を維持するためには、相応の周辺人口が必要となります。近隣の「国分」は古文書には「国府」とも記されることがあり、やはり特別なエリアっぽい。
いかん神社。伊甘は律令時代の地名。祭神は五代孝昭天皇の御子、六代孝安天皇の兄で、和邇氏や石見櫛色族の祖とも謂われる。 後裔に「猪甘氏」が見える。由緒書きでは、地域開拓族の祖神とか。石見の神社には、思いがけない神々が祀られている。神紋は五三の桐だが、拝殿、神楽殿には丸に「伊」の紋が鮮やか。境内各社は左元に注連縄が飾られている。神殿は見事な彫りの装飾が随所にあり、これだけでも鑑賞の価値があると思う。
| 名前 |
伊甘神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0855-28-0974 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=6471 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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境内の中に立派なイチョウとムクノキがあります。御朱印を貰いたかったけど無人でダメだった。近くの公民館にいた人に近くの八幡宮に宮司さんがいると聞いて行ってみたけどそこにもいなくて結局手に入れられなかった。