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| 名前 |
甲斐有雄の道しるべ |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
南阿蘇から高森、さらには隣県の宮崎や大分にかけて、彼が私財を投じて建てた石造りの道標(みちしるべ)が数多く残っており、地元では「有雄さんの道標」として親しまれています。甲斐 有雄(1829〜1910)とは?江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した人物です。現在の高森町(旧尾下村)に生まれました。当時の阿蘇周辺は道が険しく、遭難する旅人が後を絶たなかったため、有雄は**「旅人が道に迷わないように」**と、生涯をかけて道標を設置し続けました。道標の特徴驚異的な数: 生涯で建てた道標の数は、一説には約1,900基にものぼると言われています。通し番号: 彼の道標には「第〇〇〇番」といった番号が刻まれているのが特徴です。南阿蘇村の両併(ふたえ)にあるものには「1368」といった数字が確認できます。刻まれた文字: 「右 たかもり(高森)」「左 志んまち(新町)」といった行き先が、当時の旅人にも分かりやすいように刻まれています。南阿蘇での見どころグリーンロードや外輪山の周辺、旧街道沿いなどで今もひっそりと佇む姿を見ることができます。特に南阿蘇村から高森町にかけての古い峠道には、彼が旅人の安全を願って建てた石柱が点在しており、歴史を感じさせる散策スポットとなっています。