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| 名前 |
小笠原長胤公之墓 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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成就庵古墳の歌(旧三谷村、村歌) 現代語訳一【原文】 清き流れの源の / 末は濁らぬ小笠原 / 信濃阿波より村の郷 / 温湯の城は夢の間や【現代語訳】 清らかな川の源のように、末永く濁ることのない小笠原氏。信濃や阿波を経てこの村の郷へとやってきた。温湯城(ゆのとうじょう)の繁栄も、夢の間の出来事であったのだろうか。二【原文】 昔 永禄三年の / 春 正月の中頃に / 其の遠孫なる長胤公 / 築き給ひし彌山城【現代語訳】 昔、永禄3年(1560年)の春、正月の中頃に、その遠い子孫である小笠原長胤(ながたね)公がお築きになった彌山城(みせんじょう)。三【原文】 館の跡は殿畑 / 奥御殿なる三味線田 / 家中屋敷の二ツ町 / 今も残りて名を存す【現代語訳】 館の跡は「殿畑(とのはた)」と呼ばれ、奥御殿のあった場所は「三味線田」と呼ばれている。家臣たちの屋敷があった「二ツ町」など、今も地名として残り当時の名をとどめている。四【原文】 高き峰々椿あり / 非常を警む太鼓堂 / 馬術をきそひ後馬場 / 射芸を習ふ射勝原【現代語訳】 高い峰々には椿が咲き、非常事態を知らせるために警鐘を鳴らす「太鼓堂」があった。馬術を競い合った「後馬場」、弓術などの射芸を練習した「射勝原(いかつばら)」。五【原文】 円通院や長江寺 / 先祖を祀る位牌堂 / 後の世までも限りなく / 孝の道をぞ示されし【現代語訳】 円通院や長江寺には、ご先祖様を祀る位牌堂がある。後世までも永遠に、先祖を敬う「孝の道」を示されているのだ。六【原文】 獏の頭のおん枕 / 南天箱に納めたる / 世にも稀なる宝物は / 忠の道をも教ふなり【現代語訳】 獏(ばく)の頭の形をした御枕が、南天の木で作られた箱に納められている。この世にも稀な宝物は、主君に尽くす「忠の道」をも教えているのである。七【原文】 盛なりしも衰えて / 眠り玉ひし成就庵 / 名のみ残りし塚畑 / 今より三百五十年【現代語訳】 かつては栄えた一族も衰え、(長胤公が)永遠の眠りにつかれた成就庵。今では名前だけが残る「塚畑」となっており、(永禄の頃から)今からおよそ350年が経っている。八【原文】 掘出す古銭とます鏡 / 鏡は朽ちて失せぬれど / 残りし供武通宝ぞ / 此上なき歴史を語るなる【現代語訳】 古墳から掘り出された古銭や鏡。鏡は朽ち果ててなくなってしまったが、残された「供武通宝(洪武通宝のこと)」の古銭が、この上ない歴史を物語っている。九【原文】 足利将軍義満が / 明の朝より貢を仰ぎ / 驕奢を尽す花の御所 / 大儀名分かえりみず【現代語訳】 室町幕府の足利義満将軍が、明(中国)の王朝との貿易で利益を得て、贅沢の限りを尽くした花の御所。大義名分も顧みなかった。十【原文】 天下の諸侯に分興して / 家の栄えと太平を / 夢みし北山金閣寺 / 其の名残ぞと知れける【現代語訳】 (その富を)天下の諸侯に分け与えて、自家の繁栄と世の太平を夢見た北山の金閣寺。(この古銭は)その日明貿易の名残であると知られるのだ。十一【原文】 当家 代々 勲功を / 建し賞典に下されて / 傳え傳えて宝玉と / 肌身離さず貴びぬ【現代語訳】 小笠原家が代々、武功を立てたご褒美として下賜され、代々伝え継いで、宝玉のように肌身離さず大切にしたものだろう。十二【原文】 一度去りし英雄の / あとを弔ふ者もなく / 空しく荒れし奥津城を / 思いやるだに哀れなり【現代語訳】 一度この世を去った英雄の跡を弔う者もおらず、むなしく荒れ果ててしまったお墓(奥津城=おくつき)を想像するだけでも哀れでならない。十三【原文】 今は学校建ち栄え / 集う、うない子面白く / 教の庭をふみならし / 文読む声ぞ勇ましき【現代語訳】 今は(この地に)学校が建って栄え、集まってくる子供たち(うない子)が楽しそうに学びの庭を踏みならし、本を読む声が勇ましく響いている。十四【原文】 昔を語る山川の / 實にも尊き三谷村 / ★ここに生まれし人々は / 村のほまれを起さなん(★繰り返し二度歌う)【現代語訳】 昔の歴史を語り継ぐ山や川がある、実に尊い三谷村。★この村に生まれた人々は、村の誉れ(誇り)を奮い起こしてほしい。(★繰り返し二度歌う)