新本堂での新しい出会いを!
大通院の特徴
2019年3月に新本堂が落慶した新しい建物です。
本来の大通院との関係についての情報は不明です。
近代的なデザインと伝統的な雰囲気が融合しています。
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建物が新しくなりました。
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| 名前 |
大通院 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
2.8 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2019年3月に新本堂が落慶しましたが、本来の大通院との関係は不明です。かつての大通院塔頭のひとつであった赤門幼稚園北にある光勝院、あるいは上新屋町の宝珠寺が管理しているようです。〔往時の大通院〕臨済宗方広寺派大本山である奥山方広寺を開創した無文元選禅師の三世の法孫であり、佐藤町の瑞雲寺を開創した的伝一着禅師が、室町時代の1401年に開創した寺院が本来の「禅定山 大通院」です。臨済宗方広寺派の中本山として壮大な七堂伽藍が建ち並び、ご本尊として千手観世音菩薩を祀っていました。最盛期には4ヶ寺の塔頭と59ヶ寺の末寺、32ヘクタールにもおよぶ寺領を擁し、浜松城主であった徳川家康も駕篭に乗って遊びに来るほど格式の高い寺院でした。黒門前にある案内板を見ると、江戸時代後期には新津小・中学校から清明寮の辺りが境内地であったようです。しかしながら明治時代の廃仏毀釈の嵐に翻弄された上、大正15年には本堂である舎利殿等の堂宇を焼失し、寺運は衰退の一途を辿りました。今日では「黒門」と呼ばれる山門、その傍らにある「禁葷酒」と書かれた禁牌石、そして新津小学校に残る「新津の森」のみが、かろうじて往時の面影を伝えています。新津地区では大通院を除く7ヶ寺中の6ヶ寺、可美地区では7ヶ寺の全てが臨済宗方広寺派の寺院であることから、この地区では大通院の影響が大きかったことがうかがえます。なお、合格祈願で有名な蔵興寺(虚空蔵寺)は、かつては大通院の塔頭だった竜珠菴と合併した寺院です。