小田氏最後の城址で歴史探索。
手子生城の特徴
手子生城の周りは一面の畑が広がっており、自然を感じられます。
立派な標柱が2019年に建てられ、歴史の重みがあります。
堀の跡が草っぱらに残っており、城址の面影が伺えます。
石碑の周りは一面の畑です。そのことがある意味城跡の雰囲気を出しているのかもしれません。それにしても石碑の左隣の台座状のものが気になります。以前は何か石碑が掲げられていたのでしょうか?
2019/5/1立派な標柱が建っており、堀の跡が草っぱらに遺っている。
城址碑のみとなります。
小田家臣の菅谷氏の居城跡。周辺は農地や住宅地になっていますが、一部遺構がはっきりとわかる形で残ります。
| 名前 |
手子生城 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.tsukuba.lg.jp/kankobunka/bunka/rekishi/1001638.html |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
小田氏最後の城。戦国最弱と言われる小田氏治に仕える名軍師、天羽源鉄斎が城主を務め、亡くなる直前まで「氏治様…佐竹相手に打って出てはなりませぬぞ…籠城して戦って下さいませ…」と伝え亡くなりました。後に小田四天王の一家、菅谷政貞が嫡男、範正が入城しましたがホイホイ打って出てしまう氏治を支えながらも豊臣軍に攻められていた後北条氏の力も借りれずこの地で小田氏は滅亡しました。しかし菅谷氏の功績は買われ、この地を収める事が出来1700年頃までは菅谷氏の領地だった様ですね。谷田川に囲まれた平城でしたが後の耕地整理により遺構は煙滅。20年程前までは主郭の堀が残っているのを衛星写真で確認出来ます。現在は主郭であろう郭の空堀跡と土橋(後世の物かも)跡、集落内に土塁や空堀跡が眠る城跡です。災害により碑が崩れてしまった様で今は土台のみが残りますが農地の一部となり遺構が消えない様に尽力願いたいですね。最弱と言われながらも名家臣に支えられ何度も城を取り返し今では立派な小田城をも残した名君だと思います。そんな浪漫が詰まった地です♪