斗南藩史跡を巡る歴史探訪。
斗南藩史跡地の特徴
幕末の戊辰戦争に関わる斗南藩の歴史を実感できる場所です。
旧市街地に位置し、斗南藩開拓の拠点が身近に感じられます。
駐車場がないため、急いで見る必要があるスポットです。
むつ市県道6号線を走ってる時に、連れが思い出したように、この辺りに斗南藩史跡があるはずと言いました。私はトイレに行きたくて斗南藩どころじゃなかったので、それよりもトイレ‼️と叫んだ左側に斗南藩の史跡公園を見つけました🥺連れがトイレ我慢出来るか?と聞いてきたけど、わかる人にはわかる過敏性腸症候群🥺仕方なく寄りました。史跡を探索するもトイレは近辺に見つかりませんでした🥺斗南藩は戊辰戦争後、没落した会津藩が1700人を引き連れて引っ越してきた地です。肥沃な会津藩とは違い、寒冷地の斗南は非常に寒く、作物も無く沢山の病人を出し、弱い年寄りや子供が亡くなりました。食べ物が無くて草や野犬を狩って食べていたとか壮絶な暮らしだったようです。明治に入り、廃藩置県で斗南藩はわずか2年で終わりました。会津に帰った者、斗南で教師になった者、開墾を続けて農業生産に尽力した者に分かれました。
駐車場がないので、かなり急いで見ました。歴史関係好きなので、個人的には楽しかったですが、連れは物悲しさ全開の寂しいところとの感想。これが一般的な感想かもしれません。
斗南藩史跡。2023年9月23日来訪。斗南藩が設置した市街地の跡地であるこの場所は、斗南が丘と呼ばれた。会津から移住する旧藩士の為に、一戸建30棟、二戸建80棟を建て開墾、耕作を進めたが、風雪による倒壊、野火の被害や厳しい自然環境や困窮、更には廃藩置県、弘前県への合併、政府の援助打ち切りの時代の波を受けて、多くの藩士が斗南を去った。旧会津藩士が希望を胸に思い描いた、お家再興の夢の跡地です。寂れてはいますが、当時の人達の息吹が感じられる気がしました。
幕末の戊辰戦争で幕府軍側についた会津藩が流刑にあい、斗南藩として再興を目指した旧市街地。観光地としてはほぼ整備されていない状態で、小さな公園に石碑と看板がぽつりとある程度の場所です。公園内では会津藩を象徴するアカマツも植えられています。所要時間は10分程度。駐車場もなく、30mほど離れたところ道路脇にバス停のような停車帯があり、迷惑にならないようにちょっとだけ駐めさせて貰いました。
2020年9月26日に訪れました。今回で3回目の訪問になりました。以前あった樹木が伐採され、明るく開けた感じになっていました。土塀の跡が残っています。秩父宮両殿下が、下北半島を後巡遊された際の記念碑が建っています。高橋是清が、どんな少年時代をここで過ごしたのか、思うところが多い場所だと思います。
| 名前 |
斗南藩史跡地 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
080-5228-0411 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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斗南藩開拓の拠点となった地。広場には井戸が復元されていたり当時の町割りが記されたボードが設置されている。付近に駐車場は無く、通り沿いにわずかな駐車スペースがある程度。