歴史感じる武生神社の魅力。
武生神社の特徴
武生神社は大戸道命を御祭神としています。
鎌倉時代以来の仁王門や鐘楼が楽しめる神社です。
小雨降る中、険しい武生林道を登った先にあります。
武生神社⛩️周辺は奥久慈地方では最高の穴場の紅葉の場所です。
(たきゅうじんじゃ)静かな神社で鳥のさえずりしか聞こえない歩幅狭めのいびつな石段に歴史を感じる朱色が映える本殿は1786年(240年前)の再建とあります彫刻は凄さと可愛らしさが共存していて見入ってしまう本殿裏には太郎杉がひっそり堂々とそびえ立つコンパクトながら魅力が詰まった渋い神社とても良いところなのでもっと周知されても良いのかなと感じた神社手前に車一台なら停められます。
大同元(806)年、坂上田村麿が武運長久を祈願して建立された言われる武生神社。階段を登った山門には1716年に大仏師雲恵に造られた仁王像があります。本殿裏手に樹齢800年の太郎杉があり、歴史深いひっそりとした神社です。
806年創建御祭神がオホトノジ(神世七代)武生をタキュウと読みます鳥居の前の道路に車2-3台停めれそうなスペースあり。
御朱印目当てで参拝、山のほぼ頂上にある神社です。社殿は朱色で立派でした、山門も素敵です。本殿迄の階段は良い運動になる位の段数でしたが本殿につく頃には息切れ。御朱印は直下の宮司宅で頂けます、玄関にハンドベルがあるので数回鳴らすと対応して頂けます。御朱印は書き置きタイプで300円でした。
御祭神は大戸道命。神武天皇の御代,北方の武生山に御祭神が降臨,夢枕で知らされた村人達が祀ったのが始まりで,大宝元(701)年に役小角が神霊を武生山頂に遷し,大同元(806)年には坂上田村麻呂が蝦夷征討の際に武運長久を祈願して本殿を奉献した。鎌倉時代には東金砂山東清寺の僧が奉仕したが,光圀の命により修験道の旧に復し「武生山飯綱大権現」と称して大王院(又は大音院)が別当職として明治の神仏分離布告まで続いた。現在の本殿は天明6(1786)年に再建されたもので,仁王像は寄付金を募り正徳6(1716)年に大仏師雲恵によって造られたもの。明和8(1771)年には,神託に沿って境内の地を掘ったところ宝剣が出土し,仮殿を建てて納められているそうです。社名は地元の人でないと読めないかも知れませんが「たきゅうじんじゃ」です。県道33号常陸太田大子線から西へ。狭くて曲がりくねる武生林道ですが,大型車には苦難の道のりもリトルカブ(スーパーカブの小さいの)にとっては楽しき道です。やがて急に道路は広くなり,右手には大鳥居が。そこから坂道を上っていくと左手に赤い二の鳥居と石段があります。途中,真っ赤な随神門と仁王像が。ショックと驚愕の余り写真を撮り忘れてしまいましたが,正徳6(1716)年の大仏師雲恵の作なのでしょうか。階段を上りきった先に威厳ある社殿が鎮座していらっしゃいます。裏に回って御本殿を拝見すると,なんとも色鮮やで。天明6(1786)年の再建とは思えませんが,先ほどの仁王像もそうですが,新造当時と同じ状態であること(つまりピカピカ)を目標に修繕を加えている・・・ひとつの見識としてありなのかも知れませんね。そこから裏の山に少しだけ上ると御神木の太郎杉がありました。推定樹齢約800年で,高さ約35m・周囲約5mを誇る目を見張るべき巨木です。(2019.5記)
武生(たきゅう)神社と読みます。竜神大橋から袋田の滝に向かう途中に有るので寄って見ました。車がすれ違うのが大変な狭い林道を結構走ってたどり着きます。山の中に有るとは思えない極彩色の立派な御本殿に感動です。末永く維持できる事をお祈り致します。帰りは来た道を引き返す事をお勧めします!
書置きの御朱印いただきました。
常駐の神主さんはいない様です。でも管理のいきとどいた立派な神社です。神社には珍しく鐘樓があり立派な鐘があります。階段は少々低めの段差なので結構足にきます(笑)
| 名前 |
武生神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0294-87-0789 |
| HP |
http://www.ibaraki-jinjacho.jp/ibaraki/kenhoku/jinja/05082.html |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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静かな境内、とても気持ちよく落ち着く神社です。