1662年の歴史を感じる。
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| 名前 |
庚申塔(東光寺) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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【1662年造立。板橋宿の人々が残した見事な庚申塔】東光寺の境内にある「寛文二年庚申塔」です。造立は寛文2年(1662)。今から360年以上前のもので、板橋区指定有形文化財になっています。板橋区内でも特に古く、規模・彫刻ともに立派な庚申塔です。庚申塔とは、60日ごとに巡ってくる庚申の日に、人々が集まって夜を明かす「庚申待」を続けた記念などに建てられた石塔です。庚申の夜に眠ると、体内にいる「三尸」が天帝へその人の過失を告げ、寿命を縮められる――という中国の道教系の考えがもとになり、日本では仏教や神道とも結びついて庶民の信仰として広まりました。【彫刻はぜひ細かく見てほしい】中央に立つのが、邪鬼を踏む青面金剛。その周囲をよく見ると、日と月、二童子、二邪鬼、四夜叉、さらに猿と鶏まで彫られています。庚申塔というと「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿を思い浮かべますが、こちらは青面金剛を中心に眷属まで細かく配置した、かなり豪華な構成です。【板橋宿の歴史資料としても面白い】興味深いのが、側面に刻まれた人名です。この塔は当時の東光寺住職や平尾宿の名主をはじめ、板橋宿の人々が力を合わせて建立したもの。しかも「加賀屋」「伊勢津」などの名や出身地をうかがわせる銘が残り、江戸初期の板橋宿にどのような人々が暮らしていたのかを考える史料にもなっています。つまりこれは信仰の石塔であると同時に、江戸時代初期の板橋宿の住民たちが実際に残した「石の名簿」のようなものでもあるのです。【近くの観明寺と一緒に見るのがおすすめ】庚申塔に興味があるなら、東光寺だけで終わらせるのは少しもったいないです。すぐ近くの観明寺には、これよりわずか1年前、寛文元年(1661)造立の庚申塔があります。こちらは青面金剛像を刻んだ庚申塔として都内最古とされています。1661年の観明寺、1662年の東光寺。ほぼ同じ時期に板橋宿でこれほど立派な庚申塔が相次いで建てられているのを見ると、当時この地域で庚申信仰がかなり盛んだったことが実感できます。是非青面金剛だけではなく、その周囲の童子・夜叉・邪鬼・猿・鶏、そして側面に刻まれた人名までゆっくり見ることをおすすめします。