明知城で歴史探訪!
明知城跡(白鷹城跡)の特徴
明知城跡は遠山氏の山城で、織田氏との関係が深い場所です。
標高530m、約80mの比高を誇る歴史的な城跡です。
見学しやすく、案内板も充実しているので安心です。
普通の民家や畑の中を通るので、本当に通って良いの?と不安に震えながら竹藪と獣道みたいな所を抜けます。昔の足軽になったみたいに駆け上ります。明知城は石垣の無いお城でこの辺りは明智光秀公にもゆかりのちらしい。人は見かけないので寂しい場所ですがおすすめです。
特に入城規制やチケット購入は必要ありません。また、軽装でもいいのですが足元はしっかりしていきましょう。整備され始めている、と思ってください。本丸等の調査中らしいので、続報に期待✨見るのは楽しかったです😄
愛犬を連れて登りました。途中道の細くなる箇所もありましたが道標や階段など整備されているので安心して登る事ができました!土塁や堀などが残っており歴史を感じることができました!
明知遠山氏の居城である山城で元亀天正年間に織田と武田間で争われた歴史がある城内はよく整備されており調査結果が各遺構に案内板が設置されておりとても見学しやすい本丸からの眺望は樹木であまりよくなくて、石垣も無いものの畝状竪堀群や土塁、堀切など見所が多い。
明知城は標高530mと高所にありますが比高は80m程度です。入口は大正村側の大手と裏側の搦手の大きく二箇所で搦手側には駐車可能です。明知城は完全な土の城で石垣遺構はありません。その代わり畝状竪堀、切岸、堀切、土塁、横堀など山城によくある遺構はフルセットで見ることができます。特に畝状竪堀群は見事ではっきりと残っており壮観です。その他にも池の跡や武者走りなどもあります。整備も行き届いており案内板も充実した良い山城だと思いました。明知城は遠山一族の明知遠山氏の居城として築かれました。明智光秀生誕の地との説もありますが、定かではありません。後に武田氏と織田氏の争乱の最前線となり奪い合いが繰り返されました。最終的に関ヶ原の合戦時に遠山氏が奪い返し城主となりましたが、江戸時代に廃城となり麓の明知陣屋が築かれました。遠山氏は明治の廃藩置県までこの地を治めました。
遠山氏の山城で竹田氏、織田氏や徳川氏との関係が深い。遺構もしっかり整備され1.5hr程で散策できる。曲輪跡や堀切、竪堀など整備され本丸下の畝状竪堀群は見応えあり面白い。駐車場のある搦め手からが登城しやすい(駐車は5、6台可能)。明智光秀の生誕碑のある龍護寺も近くにある。
| 名前 |
明知城跡(白鷹城跡) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP |
https://www.pref.gifu.lg.jp/kyoiku/bunka/bunkazai/17768/siseki/aketijyou.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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迷路みたい!キチンと調べて行った方がより楽しめる。駐車場に専用の杖が置いてありました。石垣は見当たらなかったが畝状竪堀とか堀切がたくさんあり。