江戸中期からの木地師文化、ここに!
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| 名前 |
木地師の墓 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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ここ菖蒲が沢の木地師の墓木地師は『近江を根拠地に全国各地へ広がり、平谷村へも江戸中期(1700年頃)に大勢移住してきました。村内各所に木地小屋(きじごや)・木地の平(きじのたいら)・大椋(おおむく)・小椋(こむく)・椋沢(むくざわ)などの地名を残し墓石もみられます』以上、ここに立つ説明板から一部を引用墓石の文字は読めるものは次のとおり「寛延二己巳(つちのとみ)年 木地屋南無地蔵菩薩早世柤寒童子 位十一月二十三日 小椋氏」寛延二年は1749年(柤と寒の文字は不正確)苗字の小椋氏は「おぐら」と読みますここの位置から南方面、根羽村境から流れ下る沢が「大椋沢」(おおむくさわ)