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| 名前 |
北条仲時公の墓 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
滋賀県米原市の蓮華寺境内にある、鎌倉幕府最後の六波羅探題北方・北条仲時の墓所(供養塔)です。元弘3年(1333年)、足利尊氏らの挙兵によって京都を追われた北条仲時は、光厳天皇、後伏見上皇、花園上皇を擁して東国へ落ち延びる途上、ここ番場の地で足利方の追撃と野伏の阻みにあい、進路を断たれました。覚悟を決めた仲時は、従者や将兵ら432名とともに蓮華寺の本堂前で一同自刃を遂げました。境内裏手には、北条仲時をはじめとする将兵430余名の墓石・宝篋印塔群が静かに佇んでおり、鎌倉幕府終焉の悲劇を物語る史跡として整備されています。