古墳の歴史を感じる東光寺の世界。
観音塚古墳(千葉市若葉区)の特徴
古墳の詳細が不明な点が逆に魅力を引き立てています。
東光寺の敷地に位置する古墳らしい小山が見えます。
古代日本の国造や統治形態の移行を感じる場所です。
「東光寺」の敷地に古墳らしき小山が確認できますが、詳細は不明です。
| 名前 |
観音塚古墳(千葉市若葉区) |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/cultural-property/367316 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
〒265-0052 千葉県千葉市若葉区和泉町265 0052 |
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古代日本では国造という広域の統治を担当する朝廷から任命された長官がいて、基本的には在地の有力者が世襲で継いでいくものだったようですが、現在の千葉市の地域については律令制度が施行されて、国造制度自体が徐々に廃されて郡司、国司といった新しい統治形態に移行しつつある時期に遅れて国造が任命されたようです。日本後紀805年の条に大私部直善人という人物が任命されており、オオキサイベというのは皇后に使える部民(従属民)の出自を意味します。ここ観音塚古墳はその大私部氏の埋葬された墳墓だと推定されています。千葉市内には他にも物部村や蘇我村などヤマト朝廷で大きな権力をもった氏族の名を冠した地名があることから、それらの氏族の私有地が存在していたと思われますが、最大勢力はこの千葉国造家である大私部氏だったと思われます。