継体天皇誕生の地、安曇川町!
継体天皇胞衣塚の特徴
継体天皇の誕生地であり、歴史の息吹を感じられます。
母・振媛が埋めた胞衣が納められた重要な史跡です。
小野妹子や継体天皇との深い関係が魅力的な土地です。
最近、滋賀県高島市マキノ町にご縁を頂き、毎週のように夫と一緒にキャンピングカーで高島市を訪れています❣️😊その際、気がついたことで、『小野妹子』や『継体天皇』などと関係があり、歴史的に興味深い土地柄だと思って、現在調べているところです😃💕
継体天皇の母親の振媛が臍の緒を埋めたらしいです。この辺りは継体天皇の伝承が多い地です。継体天皇の父親の彦主人王は、生まれは記録に残ってないですが、おそらく高島の近辺で生まれ、日本書紀によれば高島の地で、継体天皇が幼い時に亡くなってます。近くに彦主人王の墓とされる古墳があります。幼かった継体天皇は母親に連れられて、母親の実家の越前(福井県)に戻って、そこで育ちました。のちに、ヤマト王権は武烈天皇の時代に後継者が居なくなり、継体天皇がヤマト王権の中枢に招かれて、大王に即位したとされています。看板が新しくなってました。前はボロボロの立て看板でした。
継体天皇の伝承を知るのは、重要な場所です。表示がみえにくので見落としがちですが、お住いの方の住居の裏ですので、注意しながら見に行かれた方が。説明版も読みにくくなっています。説明は南下した高島民俗博物館で受けた方が。鴨稲荷山古墳のそばです。てんのう橋も鴨川にかかっています。
継体天皇は滋賀県高島市安曇川町で生まれたひとになってます。胞衣塚は継体天皇が生まれたときのへその緒がおさめられているそうです。畑の一画に丸くもっこりと土山となっています。その前の道を南側にしばらくあるき安曇川を渡ると天皇に近くて使えた高官の古墳があります。安曇川に架かる橋は天皇橋といわれています。またその道を北へいき安曇川町役場前の道を山手側にいくと、継体天皇のお父さんの古墳があります。また途中にあるのは、箕島神社があり、これも天皇の関係がある神社といわれています。このあたりには、天皇に触れあうことのできる地域ですので壮大な歴史にふれあってください。
ここに継体天皇の胎盤が納められているか?また、その父親が高島にいたのか?さらには継体が応神の五世孫か?それらは確かめようもない。しかし、高島が機内と継体の本拠地・北陸を繋ぐ重要なポイントであることは、この伝承でよくわかる。
継体天皇は高島の地に誕生され、母・振姫がお産のあと天皇の「へその緒」を埋めたのが、この胞衣塚だと伝えられています。胞衣(えな)とは胎盤のことのようです。この塚は、直径約11.5m、高さ約2.5mの円墳で、6世紀の築造と推定されています。
継体天皇は高島の地で誕生し、母・振姫がお産のあと天皇の胞衣(えな、胎盤)を埋めたのが、この胞衣塚だと伝えられている。この塚は、直径約11.5m、高さ約2.5mの円墳で、6世紀の築造と推定されている。
名前 |
継体天皇胞衣塚 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0740-32-1131 |
住所 |
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評価 |
4.3 |
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さすがは継体天皇の誕生地。えなを埋めたという伝説の残る円墳がありました。