琵琶湖で再発見、長浜城の魅力。
天守閣跡の特徴
豊臣秀吉が築城した長浜城の歴史を感じることができるスポットです。
琵琶湖の東面に復元された立派な天守閣が訪問者を魅了します。
本丸跡や二ノ丸跡がある豊公園で歴史に触れる贅沢なひとときを楽しめます。
豊臣秀吉が城主だった長浜城へ散歩がてら散策していると、よそ者を睨み付ける住ニャンのドラに出会った。予期せぬ台風が近付く予報ではあるが穏やかな午後で、カートに乗ったワン子達もお城を背景に身を乗り出してパチリ!ポーズを決めるのでありました。
虫対策必須琵琶湖がみれてぼぉーとするのにはよい。
長浜城の天守閣跡。その昔に天守閣があったとされる場所であり、現在の復元天守閣は全く別のところに建てられた…。敷地内のどの説明文を見てもちゃんとこう説明されている。なのにそれを理解されていない人が多いような気がします。
天守には登っていませんが、入場券売場の方はとても優しいお方でした。私が訪ねた際は用事で時間がなく、土産として御朱印を買って帰りました。
天守には登っていませんが、入場券売場の方はとても優しいお方でした。私が訪ねた際は用事で時間がなく、土産として御朱印を買って帰りました。
豊臣秀吉が浅井長政攻めの功により織田信長から賜った今浜の地に築城とのこと。御殿跡から本丸跡、歴史博物館と散策し、琵琶湖湖畔の平坦地にあり、山城と違い、小高い丘の上に当天守閣跡があった。碑標石ばかりで、見学に時間も費やしていないので、他に遺構もあるのだろうけど、特に目につく遺構。♯20230807♯越前若狭近江伊賀伊勢一宮総社国府跡国分僧尼寺跡巡り3日目:(宿泊施設)→長浜城跡(長浜城御殿跡→長浜城石垣出土地→長浜城本丸跡→長浜城歴史博物館→長浜城天守閣跡)
2023年大河ドラマ「どうする家康」でついに家康が上洛し関白秀吉に臣従しました。2023年9月17日(日)放送。長浜城は羽柴秀吉が最初に築いた居城です。浅井攻めの功により織田信長から浅井氏の旧領を拝領した秀吉は、当時「今浜」と呼ばれていたこの地を信長の名から一字拝領し「長浜」に改名し、小谷城の資材を流用して築城しました。木下藤吉郎が城持ち大名となった瞬間でした。江戸時代に入ると長浜城は廃城となり、資材の大半は彦根城の築城に流用されました。彦根城の天秤櫓は、長浜城から移したものと伝えられています。現在、城址は豊公園として整備されており、模擬天守(市立長浜城歴史博物館)が建てられています。
長浜駅から徒歩5分ほどでお城が見えます。城内は有料です。公園内は桜がほぼ満開に近く、とてもきれいでした。琵琶湖のそばにあり、遊覧船があります。鉄道博物館は長浜駅前にあります。電車の本数が少ないので時間を調べて行動した方がいいです。お昼ご飯は駅付近のたい風ラーメンにしました。あっさりめの味でした。
いろんな角度から天守を眺めてみましょう。
| 名前 |
天守閣跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
琵琶湖に浮かぶ長浜城。天守閣跡には秀吉公の銅像があります。この辺りは砂地だったようで築城は苦労したようです。長浜城は、戦国時代に豊臣秀吉が初めて一国一城の主となった記念すべき場所です。もともとこの地域は、織田信長が浅井長政の本拠地だった小谷城を滅ぼした後、その功績によって秀吉に与えられました。秀吉は山の上の小谷城から、琵琶湖のほとりへ城を移します。守りを重視した山城から、湖の交通と城下町の発展を重視した平城への大きな転換でした。そしてこのとき、地名も今浜から長浜へと改められます。主君である信長の長の字をもらったともいわれます。秀吉がこの地で新しい城下町を築く決意を示した出来事でした。