新選組の激戦地、静かな歴史。
戊辰戦争淀千両松の戦いの碑の特徴
新撰組の井上源三郎氏の伝説が宿る記念碑です。
鳥羽伏見の戦いで多くの死傷者を弔う石碑があります。
京都競馬場の駐車場近く、アクセスも便利な立地です。
いつも花が手向けられております。
京都競馬場の駐車場の横に有ります。もう3年程競馬場は工事で、誰もお参り人はいないわ😢戊辰戦争は1868~69年の新政府軍と旧幕府軍が戦った日本の内戦、その時の干支がぼしんだったようだ。その当時、川の土手に秀吉の植えた松(千両松)が有ったらしい。1869年、1/3~4日、旧幕府軍の新撰組は新政府軍を止める為、中心となって戦うも第6番隊組長井上源三郎戦死、副長山崎丞重傷、14名死亡となる。石碑には歴史の詳細が書かれて有り、会津、桑名、新撰組と見廻組に捧ぐとある。この伏見には旧幕府軍の死者を多く出し、弔った寺や敗走した場所(戊辰役戦場跡)も近くに有ります。ファンは回ったらいいんじゃない✌️やがて来年2023のGWになれば隣の広場で天皇を目指す天下分け目の戦いとか菊の大輪を目指す若駒や亡くなったエリザベス女王を弔う大きな戦いが始まるという。こちらにはとんでもない人が来るわ✨
新撰組、井上源三郎氏の亡くなられた場所らしいです。ポツンとあります。
京都競馬場の駐車場を広げようと碑を動かそうと工事を始めたら、幽霊が出ると騒動になったらしい。
鳥羽伏見の戦いの激戦地の一つ、八番楳木の激戦地址です。かつて堤上には松並木があり、三十石舟歌にも「淀の上手の千両の松は売らず買わずの見て千両」と歌われたようにこの辺りは千両松とも呼ばれました。伏見街道を後退してきた旧幕府軍を追う新政府軍を喰い止めようと佐川官兵衛率いる別撰組、土方歳三率いる新撰組がここに布陣、東西両軍に夥しい死傷者を出したそうです。競馬場の拡張工事の際に事故が多発、関係者の夢枕に血まみれの新撰組隊士が現れ、「戻せ…戻せ…」と言うので現場を掘り返してみると土中から埋骨地の碑が出てきたので元の位置に戻して盛大に慰霊祭をしたらパタッと止んだそうです。競馬関係者による碑も建てられ、馬主協会の会長なども務めた競馬界の重鎮、中村勝五郎氏による撰文が刻まれています。
東軍兵を弔う石碑。
道は広いので路駐できますし、ゆっくりしたいなら近くにコインパーキングがあります。
新選組六番隊長井上源三郎公をはじめ多くの死傷者を出した戊辰戦争鳥羽伏見の戦いの激戦地です。
J⚡︎d♉︎歳〜
| 名前 |
戊辰戦争淀千両松の戦いの碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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休日の午後、隣の横大路体育館へ行った際に空き時間を利用して訪問。淀の競馬場北側、京阪電車の線路際に発見。幕末好きの私には感慨無量です。鳥羽伏見の戦いで激戦地となったこの辺り。東軍西軍関係なく弔いの碑。