筑波海軍航空隊の石碑で平和を祈る。
筑波海軍航空隊慰霊碑の特徴
1999年に建立された筑波海軍航空隊の石碑です。
最近建てられた記念館が隣接しているため訪問しやすいです。
映画の再放送をきっかけに訪れることができた歴史的スポットです。
はじめての訪問でした。綺麗に整備されています。花も供えられていました。
2024.9.1訪問記念館を見た後、この塔に手を合わせて帰路に着きました。心からご冥福をお祈りします。
Um belo monumento em homenagem à todos os militares que passaram e treinaram aqui onde um dia foi uma grande e importante base militar da região, principalmente porque muitos daqui partiram para nunca mais voltar.🎌🙏
『筑波海軍航空隊記念館』のリーフレットには以下のように紹介されている。●1999(平成11)年、「筑波海軍航空 隊員の慰霊のために」 建てられまし た。毎年5月頃、この前で慰霊祭が 開かれています。 2017(平成29)年 に現在の場所に移されました。2021年11月1日(月)に笠間市友部地区の街歩きで訪れた。碑文の内容は以下の通り●筑波海軍航空隊 ここにありき1934年六月開隊 練習機による操縦教育開始1944年三月零戦による戦闘機搭乗員養成に任務変更1945年五月紫電戦闘機の実戦部隊となる 八月終戰君は信じられるだろうかここを巣立った若人達が広域各地に勇戦敢闘しその殆どが南溟の空に散ったことをまた1944年十月以降フィリピン 沖縄の作戦に数多くの者が神 特別攻撃隊員として一命を捧げたことをこの地で編成し沖縄戦に出撃散華した筑波隊だけでも五十五柱を超えるここに万感の愛情をこめてその鎮魂を祈り且つは 恒久の平和を念じてこの碑を建てる1999年六月筑波海軍航空隊関係者有志用地は橋本二朗氏提供。
以前訪問した時にはここに無かったので、比較的最近建てられたみたい。真新しくピカピカ。
『筑波海軍航空隊』鎮魂と恒久の平和を祈願する石碑です。建立当初は、航空隊跡地内に建てることが許されずに、私有地内に建て、許可がおりた平成29年に現在地(跡地内 正門跡近傍)に建てられたそうです。
映画の再放送で見に行きました。
数年前までは現地より少し離れた私有地に在りました。旧滑走路の脇のその場所は小学校が近くに有って、私の様な戦争を知らない世代でも文面から深く感銘を受けました。この碑を建てた有志の方の志を感じます。
刻印から見ると1999年建立なので約20年経過した段階でしたが、かなりきれいで数年前のもののように感じさせられました。有志の方が定期的に掃除をされている姿がしのばれます。
| 名前 |
筑波海軍航空隊慰霊碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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筑波海軍航空隊(筑波空)で戦闘機の教官の経歴をもち、特攻専門の第七二一空で神雷部隊桜花隊分隊長(大尉)であった林冨士夫氏が発起人となり建立されました。ちなみに説明板には「筑波海軍航空ここにありき」と記されています。この慰霊碑は来館者駐車場の道路向かいにあります。記念館受付までは80㍍ほどありますが、当時の桜並木を歩きながら、隊員たちに想いを馳せて、意識を高揚させる事をオススメします(例えば空を見上げる。かつては零戦や紫電が訓練で飛び交っていました。雲の切れ間があれば零戦が飛び出してくるイメージをする。もし曇天だったら?そこまで責任持てません)。予備知識があるのならなおのことです。その意味でも、隣接する県立こころの医療センター外来の駐車場が記念館へは近いですが、利用は控えた方が良いでしょう。また記念館側でも勧めていません。