歴史を感じる手力雄神社。
手力雄神社(館山市)の特徴
国道128号沿いに位置し、訪れやすい立地です。
朱塗りの鳥居が印象的で、厳かな雰囲気を醸し出します。
恵比寿神社付近に駐車し、静かに歩くのがおすすめです。
館山市の文化財紹介に載っている由緒ある神社とのことです国道側から入ったらとてもスリリングな手掘り様のトンネルを通って行きました神社には駐車場があるのですが下にロープがはってあり入れませんでした仕方ないので農道の脇道に短時間停めさせていただきました御神木の杉の大きさにびっくりしました本堂は200年ほど経っているそうです彫刻も味があり素晴らしいものでした少し行きにくいですがぜひ挑戦してください。
天手力雄命を主祭神、天御中主神・太田命を配祀神とする神社で、奈良時代の養老2(718)年に第40代・天武天皇(673~686年)の第六皇子である舎人親王(676~735年)による創建と伝えられており、往古より安東明神・神力山明神・手力雄大明神・大井大明神と呼ばれ当地民から尊崇され、明治元(1868)年に現社号である手力雄神社に改号、明治維新後の近代社格制度において郷社に列格された大井地区の鎮守神です。江戸時代中期の宝永6(1709)年銘の現存する棟札によると、鎌倉時代の永仁2(1294)年に地頭・安東六郎平泰明により社殿修繕、正和6(1317)年に地頭・安東平太郎明頼により社殿修繕、室町時代の応永11(1404)年に室町幕府第3代征夷大将軍・足利義満(1358~1408年)により社殿造営、室町時代の正長2(1429)年に地頭・駿河守平実則及び堀籠豊後入道義実により社殿造営、室町時代の延徳3(1491)年に源義実により社殿造営、室町時代の永正9(1512)年に安房里見氏第3代当主・里見義通(1481~1531?年)及び第4代当主・里見義豊(1497~1534年)により社殿造営、安土桃山時代の天正12(1584)年に安房里見氏第7代当主・里見義頼(1543~1587年)により社殿造営と列記され、江戸時代前期の寛永年間(1624~1644年)には、当社社務所西側に当時形成されていた船田池の池底から3艘の丸木舟が発掘された記録を残しており、太古において当地周辺が海であったことを現在に伝えています。建築様式が三間社流造の現本殿は、『手力雄神社本殿』として千葉県の有形文化財(建造物)に指定され、安土桃山時代の天正12(1584)年に安房里見氏第7代当主・里見義頼(1543~1587年)により造営、江戸時代中期の元禄16(1703)年11月23日に発生した元禄地震(M8.2/最大震度7)による被害を受け宝永6(1709)年に修復、幣殿(瓦葺き)と拝殿(銅板葺き)が江戸時代中期の明和5(1768)年の造営とされます。拝殿前に聳える大木杉は、『手力雄神社の大杉』として館山市の天然記念物に指定される市内最大の御神木で、幹周4.52m・樹高35m・推定樹齢700年、安房地方において国の天然記念物に指定される『清澄の大スギ』(樹高約47m・幹周14m/千光山清澄寺)に次ぐ巨樹とされます。当社神輿は、美しい朱と黒の漆に染められ、凝った細工の枡組や彫金、調和した見事な彫刻が配され、毎年9月に開催される鶴谷八幡宮例祭(安房国司祭(安房やわたんまち)/千葉県無形民族文化財)に『手力雄神社の神輿』として出祭しており、平成15(2003)年の大改修の際に彫刻裏に「彫工伊八作 武志伊八郎信由 長狭打墨住」という墨書き銘が新たに発見され、「安房の三名工」と称される宮大工・後藤利兵衛義光(1815~1902年)と「波の伊八」こと初代・武志伊八郎信由(1751~1824年)の2人の手による他に類を見ない彫刻であることが判明しました。その他、境内には数多くの文化財や建造物、石造物が点在します。<両部鳥居>神額に神力山(みたきやま)と記されるケヤキ材で高さ約4mの朱塗りの両部鳥居で、昔舎人親王が朝夕神拝のたびに御祭神を「見たきの神」と唱えたことからのちに神力山に書き改めたとされ、江戸時代後期の寛政10(1798)年の建立、昭和63(1988)年に屋根(甍覆)だけを残して改修されました。<石灯篭>江戸時代中期の安永7(1778)年に隣村の名主・影山与左衛門が願主となり奉納され、御祭神である天手力雄命は武勇の神としてだけでなく、農耕の神としても近隣の人々の信仰を集めました。<手水石>江戸時代後期の文政9(1826)年3月に白子村(現・南房総市白子)の佐藤八左衛門他16名が願主となり奉納され、石工は江戸深川大工町霊岸前の霜崎長兵衛と刻印されます。<狛犬>明治16(1883)年に太田太郎兵衛が願主となり奉納され、太郎兵衛は「大井大明神止止山鼻大岩屋旧跡記念再興碑」を建立した太田重太郎の父とされます。<大杉>拝殿前に聳える大杉は注連縄が張られる御神木であり、幹周4.52m・樹高35m・推定樹齢700年とされる市内最大のスギで、館山市の天然記念物に指定されました。<御即位記念樹>拝殿前には左に大正5(1916)年3月に植樹された大正天皇即位記念の月桂樹、右に昭和4(1929)年3月に植樹された昭和天皇即位記念のヒマラヤスギと平成3(1991)年3月に植樹された今上天皇即位記念のナギ2樹の3代の即位記念樹があります。<拝殿>拝殿内正面左には、明治27(1894)年に地元・太田重太郎が病気平癒の感謝を記念した病気平癒記念額が奉納されており、左側に病の重太郎が産土神に参詣して全治したことが記され、右側に安房三名工(波の伊八/石工の武田石翁/宮彫りの後藤義光)の一人である「後藤義光(1815~1902)」の門人で、名匠後藤一門四天王(後藤義信・後藤義久・後藤忠明・後藤兵三)の一人とされる「後藤喜三郎橘義信(1849~1926年)」の手で古事記天岩戸の場面が彫刻されています。正面右の俳諧額は明治3(1870)年2月に館山市小原村の俳人・山根路行が催主となり、田村菱湾・平島占魁・森岡木鵞など安房地方南部の代表的俳人の歳旦句を集めたものとされ、額縁に安房三名工(波の伊八/石工の武田石翁/宮彫りの後藤義光)の一人である後藤義光(1815~1902)の龍の彫物と北条村の絵師・渡辺雲洋の梅の図が添えられています。<本殿>建築様式が三間社流造で、反りの大きい破風と屋根が重厚な檜皮葺、側面の羽目板が丹青の色彩で三方に匂欄を廻らし脇障子を立て、舟肘木・三斗組・蟇股・木鼻など組物の間を江戸彫物師による彫刻で飾り、幣殿と本殿を7段の木階で結んでいます。江戸時代中期の元禄16(1703)年11月23日に発生した元禄地震(M8.2/最大震度7)による被害を受け、宝永6(1709)年に修復されていますが、豪華な装飾と躍動美を特徴とする安土桃山時代創建時の様式をとどめる建造物として、千葉県の有形文化財(建造物)に指定されます。<石井氏(昌道)碑>明治29(1896)年に当社神主・石井昌道が没したことを惜しみ、その翌年にその功績を讃え当社裏山尾根麓に建立された顕彰碑で、昌道は幕末から明治期に活躍、慶応4(1868)年の明治維新混乱期に近隣の治安維持のため、独自の勤王隊として神主や医師などを中心とした「房陽神風隊」を結成しました。碑文には、江戸時代後期の寛政2(1790)年に神田湯島に設立された江戸幕府直轄の教学機関・施設である昌平坂学問所(昌平黌)で昌道が学んだ生い立ち、昌道が中風症で倒れたことなどが漢文で記され、建碑発起人として九重村など12村96名の名が刻まれています。<船田池>古くは水蓮の映える美しい景観の広大な池が社務所西側に形成されていましたが、江戸時代前期の寛永年間(1624~1644年)に南東方向に建立される真野大黒天への道路整備などによって池が縮小され、池底から3艘の丸木舟が発掘された記録を残しています。一説によれば、当社主祭神の天手力雄命が当国に来臨された時の丸木舟(諸説あり)とされるため、御舟(神舟)池とも呼ばれていましたが、現在は弁天祠と数本の桜が名残をとどめるだけとなっています。<大井大明神止止山鼻大岩屋旧跡記念再興碑>古くは当社裏山尾根に岩屋が建立されていたと伝承されており、その場所に明治30(1897)年に地元・太田重太郎が記念再興碑を建碑しました。記念碑を建碑した太田家は、当社別当寺で廃寺となった円行寺(修験場)の別当職と刻まれています。隣接する恵比寿神社とセットで参拝しました。
宮司さん曰く、関東では珍しい手力雄命をお祀りする神社とのこと。こちらの神社も忌部氏のが絡んでいるとおっしゃっておられました。
館山・大井に鎮座する神社です。手力雄大明神。鳥居は朱塗りの立派なものです。境内は静かで社殿前に御神木があり力強さを感じます。拝殿、本殿と風格があり所々の造りが丁寧で見応えがあります。社務所は特別の日にしか空いてないようです。
国道128号沿いの大井地区に鎮座している。県指定有形文化財で設置された説明板によると、桧皮葺の屋根を持つ本殿は、三間社流造りで、これは全国的に多い形式だが、装飾に使われている蛙又、拳鼻などは浮彫様の趣向が凝らされている点、手挟の先端や通肘木に地紋彫が施されている点など装飾技法が入り交じった独特な雰囲気を出しており、里見義頼が1584年に造営したときの棟札が残っている。向拝の虹梁、蛙又、木鼻、妻飾などに江戸期の特徴を示すところがあり、1709年に修理されたことが確認できるそうだ。これらは昭和15年まで、覆屋の中にあったため、よく保存されているそうだ。19年の台風のためか、周辺が荒れている感じもするが、今後も厳かな雰囲気を保って、大事に保存されていくのだろう。社務所は無人なので、御朱印はいただけなかった。
想像以上のエネルギーです‼
朱塗りの鳥居以外は華美な所が全くなく厳か、ひたすら厳か。足すものも引くものもなく、ただただ純粋な神の威光のようなものを感じます。社殿は風雨にさらされた年月を感じさせますが、私がお参りをしている時、修繕をしている大工さんの道具が置いてありました、こういったものを守るのは大変でしょうが、いつまでもその姿を残していただきたいです。
見事な雰囲気です。誰もここまで来ないみたいですが、行く価値あります。駐車場が無いので、手前の空き地に停めて急いで見学しました。
古びた厳かな神社。
| 名前 |
手力雄神社(館山市) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0470-22-9009 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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