接岨大吊橋からの美景、若宮神社へ。
若宮神社の特徴
若宮神社の景色は美しく、周辺には大井川や接岨大吊橋があります。
八橋小道には男の神と女の神が鎮座し、小さな吊橋が魅力的です。
蛍の時期に訪れると、美しい蛍がたくさん見られる素敵なスポットです。
境内からの景色は良いです。
若宮神社(わかみやじんじゃ)鎮座地 榛原郡川根本町犬間272訪問日 2023/8/28接岨大吊り橋に立ち寄った際に、反対側の高台に鳥居が見えたので参拝しました。由緒書き等は無く、創立年代や祭神も解りません。
若宮神社は見えただけで、行ってませんが..付近の公園駐車場を利用。駐車場を起点に八橋小道を犬連れて周りました。八つの吊り橋があり、周わるのに丁度良い距離と景色。人が全ったくいませんでしたが、とても良い場所でした。
若宮神社(男の神)」と「こだま石神社(女の神)」との間に小さめの吊橋が8つある八橋小道があります。全長2キロほどの遊歩道を歩いて神社に参拝すると、願いが叶うという話もあることからロマンスロードと呼ばれています。隣接する駐車場も広くトイレもキレイで、服装もラフなものなら山道お散歩コースな感じで楽しめるのでフラッと立ち寄ってみては?
接岨大吊橋の目の前(少し登った所)にあります、空気がとてもおいしく気持ちの良い所です。接岨大吊橋をわたり左にいくと橋がいくつもあります。私は時間の都合により、椿橋(赤い橋)までで引き返しました。接岨大吊橋は、中央付近が少し揺れますが、ほぼ揺れない橋と思って良いかと思います。
戦時中には弾除け祈願の参拝が多かった戦神の神社。
蛍の時期に行くと、たくさんの蛍を見ることができます。手に届くところまで蛍が飛んできます。
2017.10.25.(水)07:30 初参拝(車でフラフラ 一人旅 奈良斑鳩人)大井川沿いを 千頭から上流の散策旅三日目南アルプス接岨大吊橋を散策後に 駐車場に戻るため 道路を横断しようとした時に対面擁壁の階段に 神社の名前が書かれた板が有り ソノ先を伺うと鳥居が見えたのでふと 旅の安全祈願を お願いしょうと思わず 立ち寄り階段を上がると ソコには 何と『入るな危険 ハチの巣あり』の札がぁ更に ソノ先の鳥居には ロープが張られていましたヤハリ 蜂は怖く 勇気も無いので離れたトコロから交通安全祈願を させて頂きました。
| 名前 |
若宮神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4408147 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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戦国時代から桃山時代にかけて、この地は産金で有名であったようである。この神社も元々は、金穴の近くに祭られた神社であったようだ。慶長年間(1596年~1615年)に代官と思われる者から、庄屋にあてた書状に次のように書かれている。「犬間、長嶋へほうぼうから金堀が来て、百姓の作っている耕地をむやみに掘って困るという苦情があるので、次のように申し付ける。~省略~」と。このころ、この地はゴールドラッシュとなっていたようで、各地から金山衆が来ていた。金山衆は幕府により山、川、林などを掘ることを許されていた。そのために、地元の農民との摩擦が生まれたのだろう。❶【若宮神社 犬間・梅地の民俗 1981年】若宮神社(1981年の書による)長嶋の氏神である「若宮神社」は永享年間(1429年~1441年)に創建された、と伝わっている。元々は「犬間の宮平」に祭られていたが、「犬間のおおや池」の山の上へ遷座し、さらに「おおや(長嶋を開発したといわれる)」が現在地へ引っ越した時に、高野へ遷座した、という。しかしおそらくは、高野に神社があって、それに合祀されたものと考える、とある。「犬間の宮原」にはお宮の石垣がのこり、小さな山の神がある。このお宮の下には「横穴の金穴」がある。また、後背地(こうはいち)には、縦の金穴がある。若宮神社には現在、天王神社、諏訪神社、大井神社を合祀している。摂社として、稲荷神社と立山神社がある。[資料 明治8年11月18日 長嶋へ神祭也 の資料]【メモ】元和元年2月22日死す為谷清茂祖宗 長島重頭霊神先祖霊域はこれまで 字_為谷(おおや)地と号し御墓ありしを御一新より 墓所御調につき 明治8年11月18日、長嶋へ神祭也祖宗 信濃国真田家浪士 為ケ谷重頭は当国_榛原郡犬間村へ流れ来て、長嶋を切り開き、百姓を建て、その頃、金堀多くて金堀の取り締まりを仰つかり、庄屋の儀につき、諸役御免許しをいただき、代々御書付表相守候也。元和元乙卯2月22日死するなり 佛葬にて為山長生居士と号す。