吉野宮ゆかりの関ヶ原、見晴らし絶景!
大海人皇子野上行宮跡の特徴
新幹線の宿敵、関ヶ原へのアクセスが良好です。
大海人皇子が指揮を執った歴史的な行宮です。
見晴らしの良い丘で、ツーリングにも最適な場所です。
壬申の乱の際の陣地2024年5月上旬、レンタサイクルによる関ヶ原探訪の際に寄りました。関ヶ原で思い浮かぶのは戦国時代の関ヶ原の戦いですが、さらに900年程前にあった壬申の乱の舞台でもあります。こちらは道路から奥まった場所にひっそりあります。石垣が残っていますが当時のものかはわからないそうです。駒札には—————————————————————野上行宮跡古代最大の内乱と言われる壬申の乱(六七二)において、大海人皇子は野上の長者屋敷と呼ばれる小高い小平地に行宮を興して本営としました。この地は高燥にして、眺望良く、朝鮮式土器も出土しています。乱後行基が行宮廃材で南方六坊を建てたという、ここ別通称寺社屋敷が、行宮跡地と伝えられています。関ヶ原町—————————————————————とあり現在は荒れた状態ですが、歴史好きの私にとっては整備し魅力的な史跡にしてもらえるとありがたいです。
国道21号「野上交差点」の北30mあたりに小さな標識があります。標識に従って細い路地に入り、新幹線をくぐり、墓を超えて道なりにクネクネ行くと着きます。国道から徒歩3~5分程です。小さい車なら近くまで行けないこともないですが、細い道なので、旧道の山内一豊陣跡かどこかに駐車して歩いて行くと良いと思います。
新幹線の宿敵関ヶ原。晴天だったのが突然暗くなりここだけ雪が降るんだよな。びっくり。
この場所にあるのは野上行宮跡への行き先を示す道標です。
段状になっている場所がありますが、それがいつごろのものなのか、素人にはわかりません。
お墓を通り過ぎて行くのですが人の気配が無く昼間に行くことを進めます。
吉野宮(奈良県南部)を出発して4日後、大海人皇子はここに行宮(あんぐう・かりのみや )をつくって、全軍を指揮した。大海人軍の連勝に追い詰められた大友皇子は、大津で自害。大海人方の将、村国男依(むらくにのおより)は大友皇子の御首を持って野上行宮に凱旋した。首実検の後、大友皇子の御首は地元の人々が貰い受け「自害峯」(ここから西に車で7~8分)に葬った。行宮跡は山の裾野にあり、隣に野上地区の墓地がある。この辺りに散らばっていた多くの五輪塔や石仏は、1ヶ所に集められ地元の人に守られている。
いいですね。
ツーリング日記。
| 名前 |
大海人皇子野上行宮跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.1 |
| 住所 |
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2025/08/17もう少し整備したらいいのに。