余呉湖近くの癒やしの神社、 乎彌神社へ!
乎彌神社の特徴
余呉湖近くにある、落ち着いた雰囲気の神社だから癒やされる。
賤ヶ岳の戦いで有名な場所で、歴史を感じながら参拝できる。
駐車場が広く、余呉湖観光の途中に気軽に立ち寄れる神社です。
乎彌(おみ)神社と呼びます。伊香小江の産土様が祀られております。伊香連の祖先が天女であると言う一族の祖であることを示す象徴的な神社で、御祭神は中臣を祖とする巨知人命(おみしるのみこと)です。余呉湖に入る道沿いすぐにあるので訪れやすく駐車場も広く無料です。余呉湖につながる川で神聖なる地は隔離されていて、その広々とした境内には樹齢の古い大木がそびえ立っています。冬場の雪から守るため拝殿にシートが貼られております外観だけが見て取れます。
余呉湖近くにあるきれいな神社。
乎彌(おみ)と読むそうです。北越に至る要地であり、西近江への分岐の起点でもあるそうです。由緒ある神社のようです。
賤ヶ岳の戦いで有名なところ。歴史マニアがまれに訪れます。静かな地元の氏神様です。
とても落ち着いた雰囲気の神社で、癒やされました✨駐車場もあり参拝しやすかったです!
とっても良い感じの神社さんです。賤ヶ岳の裾野にあり、手水舎のある広い境内と本殿のある高台に続く石段、全てが神々しく普段写真撮影する私が撮影さえ忘れるくらい良い空気感の神社でした。余呉湖もきれいですが今回の余呉行きでは、この神社のことのほうが心に残りました。また伺いたい神社です。
オミ神社と読みます。式内社で歴史があり、地元からも大事にされてる神社だと思います。
広い駐車場と境内。
乎彌神社(おみじんじゃ)は滋賀県長浜市余呉町下余呉に鎮座する神社である。御祭神は巨知人命(おみしるひとのみこと)海津見命梨津臣命(なしとみのみこと)(乃弥神社)崇神天皇の時代に創祀されたと伝わる。『延喜式神名帳』近江国伊香郡の小社「乎弥神社」に比定され(式内社論社)、同じく式内小社の「乃弥神社」を合祀している。明治に氏子域に鎮座していた村草神社、八幡神社、大名持神社、塞神社の4社を境内に遷座した。旧村社。
| 名前 |
乎彌神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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乎彌神社(おみじんじゃ)。滋賀県長浜市余呉町下余呉。式内社(小)論社、旧村社。主祭神:臣知人命(おみしるのみこと) 配祀 海津見命合祀 式内社 近江國伊香郡 乃彌神社(ノミノ) 祭神:梨迹臣命(なしとみのみこと)672年に伊香姓を賜姓した近江、伊香氏の元祖は、 臣知人(意美志留)といいます。この筋が伊香具神社社家となります。景初二年(238)、最初の遣使になったのが、次男の梨迹臣である。この後裔が中臣氏、鹿嶋氏などを輩出するとあります。資料によると、創祀年代は、不詳。崇神天皇の時代に創祀されたと伝。『近江伊香郡誌』によると醍醐天皇の時代に、創建されたという。氏人の祖神である臣知人命を祀ったものと考えられている。式内社・乎彌神社の論社の一つである。合祀されている乃彌神社も式内社・乃彌神社の論社。祭神は、中臣伊香津臣命の子・梨迹臣命。もとは現在地(乎彌神社)の南100mほどの場所にあり、奥の堂と呼ばれる平地に旧跡があるという。乎彌神社の氏子を北組といい、乃彌神社の氏子を南組と呼んだが、寛延二年、積雪のため社殿が破損したため両組が相談し、乎彌神社に合祀された。合祀の理由は、積雪ではなく、賤ケ岳合戦の兵火によるという資料もあるらしい。とあります。