香山公園の歴史が息づく露山堂。
露山堂の特徴
毛利敬親公が築いた茶室が魅力的です。
品川弥二郎によって移築され、歴史を感じる場所です。
香山公園内にあり、五重塔も眺められて素晴らしいです。
お庭は元々良さそうなので、もう少し整備がされれば素晴らしくなりそうだ。
ゆっくり見れば良かったなぁ、つい帰りを急いでしまいました。
茶室らしいです。せっかくきてみたので口コミ残します😉
毛利敬親公がつくられた茶室とのことです紅葉の時期でしたが逆に紅葉のないことで渋みのある感じが出てました。
前庭は紅葉とかしていれば、もっと綺麗なのだと思います。水琴窟や鹿威しがありましたが、水は流れていないので、ただあるだけです。
山口を代表する観光名所「瑠璃光寺五重塔」で有名な香山公園の一画に、茶室「露山堂」があります。この茶室は文久三年(1863年)四月、藩庁を萩から山口に移し現在の山口県庁の場所に政事堂を建てた萩藩主・毛利敬親「もうりたかちか」(1819~1871)が設けた茶室でした。この茶室は一露山という名前の山の麓(現・山口県庁舎の正面付近)に建てられたので、一露山の一の字を省いて「露山堂」と敬親により名付けられました。敬親は、茶の湯を隠れ蓑に身分の上下にかからわず家来たちをこの茶室に集め、実際は幕府に対する謀り事の議論を重ねていたのです。廃藩後は他の場所に移築され、持ち主も数人かわり、使用されることもなく崩れ落ちていきました。これを知った、敬親の側近を長く務めた品川弥二郎は、その由緒ある建物が朽ち果てるのを惜しみ、志を同じくする人々とともに資金を集め茶室を買収し、明治二十四年(1891)四月、現在の場所へと移築され、この際に茶室の周りに庭もつくられました。新たにつくられた庭は茶室の庭・露地としては珍しく池があり、その中心に島があります。この島は土がない一種の岩島ですが、地元産の花崗岩が持つ自然の形を活かして大胆に組み合わせた大変ユニークな島なのです。このような手法は他の地方の庭園ではあまり見かけません。この島の形状は亀頭石とおぼしき石が見られることから「亀島」のように見えますが、見る方向によって全く違う形となり、蓬莱島や須弥山にも見えてきます。さらに池をとりまく護岸には美しい石組みのユニットが間隔を開けて幾つも据えられており、それらのなかでも特に美しいものは古代中国に由来する東西南北を守護する神獣、または四つの神仙島を表しているのかもしれません。この露山堂の庭園が作られた頃、京都では山口出身の山県有朋が七代目小川治兵衛(植治)を起用して無鄰菴をつくり、明治ならではの新しい庭園文化を花開かせようとしていました。やがて山口にも松田屋ホテルに植治チームにより無鄰菴に準ずる新しい庭園が作られました。そんな時代にありながら露山堂の庭は時代の流れに逆行するとも思えるような古代中国復古を示しています。なぜなのでしょう?その理由は江戸時代〜明治にかけて山口の武家階級は儒教や孟子などをはじめとする古代中国の思想に大きな影響を受けていたことに起因すると思われます。この露山堂の池の設えはその現れなのでしょう。日本庭園はその土地の自然風土や歴史と深く結びついているのです。この島を見ていると同じ山口県内の防府市にある「石の上に石をのせた他に例を見ない大胆な手法」で有名な「月の桂の庭」(江戸時代)を思い出します。山口県をはじめとする中国地方には山頂付近に花崗岩を露出させた山並みが続く景観があり、その特徴的な自然環境が作庭にも影響を与えているのではないかと思えます。そして、この庭では茶室から池へと向かって続く飛び石の列に出雲流庭園の影響が見られます。山口と島根は隣接しており古来より多くの文化を共有してきた、この地域だけの特徴が見られるのです。露山堂の庭園は明治と言う新しい時代の華やかさとは無縁のローカルな庭ですが、それはこの地の歴史文化風土と深く結びついて山口が営々と培った土壌でしか見ることができない素晴らしい庭だと思います。池の中央に浮かぶ島を初めて見たとき、力強く独創性に溢れた造形美に感動を覚えずにはいられません、それは日本の地方にまで広まって深く根付いた庭園文化の豊かさを教えてくれており、日本人として本当に誇らしいと思いました。この露山堂では毎年春と秋に地元の茶道家たちにより茶会が催され観光客に抹茶がふるまわれています。令和四年八月二十四日(2022/08/24)
品川弥二郎によって移築されたようです。
もとは、現在の県庁敷地内(旧藩庁構内)にあった一露山という小山の麓にあった茶室です。毛利敬親は、茶事にかこつけて王政復古の大業について密議をかわしました。明治になって、国学者 近藤芳樹がゆずりうけ中河原に移築しましたが、しだいに腐朽していきました。それを惜しんた品川弥二郎が、この地に移し修理保存しました。現在、茶会などに使用されています。
象山公園にある五重塔を眺めると、これらの歴史的建造物も見ることができ、情報によると、明治維新の際に山口に移り住み、常熟藩主の執務室だったそうです。この歴史の期間はそれほど重要な人物とは考えられていないので、外国人観光客にとって彼は少し奇妙かもしれません。ただし、建物の内部は開いていません。実際、外部を見るだけでは少し退屈です。(原文)位於香山公園內,來看五重塔也可以順便來看看這些歷史建築,根據資料這棟建築是過去長州藩在明治維新時期將據點遷移至山口本地之後,藩主辦公的場所,不過當時長州藩藩主在這段歷史上不算是很主要的人物,因此對於外國觀光客而言可能對他有點陌生,建議先做些功課了解認識他們!不過這建築內部並未開放,只看外部其實也有點無聊......
| 名前 |
露山堂 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
083-928-6446 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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露山堂中には入れませんでした。