松山城天守閣からの絶景。
大天守の特徴
松山城天守閣からの見晴らしが良く感動できる眺望です。
天守チケット売り場で特別な御城印を受け取ることができます。
鎧や火縄銃など歴史的な展示品が充実しており見応えがあります。
松山城天守閣からの眺めは良かったです。16時迄です。
天守閣見た松山の景色です。天気が奇跡的に晴れて、かなりの絶景でした。道後温泉方面、堀江駅方面まで見れます。丁度、陽が落ち始める時間帯だったせいか神々しい景色の写真をとることに成功しました。ここまで、3日間は台風でしんどい思いをしましたが、この陽が落ちる姿を見て、報われた気持ちになりました。
天守チケット売り場にて御城印戴きました。ロープウェイ🚠にて往復しましたが、リフトも楽しそうでした。ロープウェイ利用の場合、天守とセットになったものを購入した方が入場がスムーズです。ロープウェイ降りてから天守までは緩やかな坂が続きます。途中、東雲神社がありました..口コミによると..御朱印は正月三が日のみの様でしたので今回時間も、なかったので上がりませんでした。天守は三重三階地下一階。木製の階段が狭くて急でしたが、良い雰囲気でした。展望所からの眺望は言うまでもなく素晴らしかったです。平日の朝一で上がりましたが、それなりの人出でした。降りた時間..駐車場🅿️はどこも満車🈵状態でした。
松山市民の誇り、松山城のシンボルである天守閣!素晴らしいお城です。うららかな春の陽射しの中、青天をバックに堂々としています。30分掛けて、登山道!を歩いて登城してきた甲斐がありました。以下、ニッポン旅マガジンより抜粋です。往時の天守が残る全国現存12天守のひとつが松山城・天守で国の重要文化財。松山城は津山城(岡山県津山市)、姫路城と並び「日本三大平山城」に数えられますが、勝山(城山)山頂の本丸に位置するのが天守。創建当初は五重の天守だったと伝わりますが3代藩主・松平定行(徳川家康の甥)の治世に現在の三重に改築されています。松平久松家初代となる松平定行時代に築城された三重三階地下一階の層塔型天守は、1784(天明4)年の元旦に落雷で焼失したので、1820(文政3)年から再建工事に着手し、なんと35年もの歳月をかけて幕末の1854(安政元)年に落成した3代目となります。1854(安政元)は、ペリー来航の翌年。日本の城郭建築史上、最後に建てられた天守になっています。天守は、本壇の地盤面からさらに4m高く石垣を築いた天守丸の上に築かれ、その中央に建っています。天守、小天守、隅櫓を渡櫓で結んだ天守の構造は、連立式天守の典型となっています。往時の天守への登城は、内庭に面する玄関から玄関多聞を経て。現在の天守内部の階段は、観光用に築かれたもの。徳川家康の血統である親藩大名・松平久松家の普請によるため、用材も欅また栂の一級品。狭間や石落とし、高石垣などを巧みに配して攻守の機能にすぐれた造りになっている点に注目を。しかも三つ葉葵の瓦紋があるのは現存天守で唯一だからお見逃しなく。
上り坂がとてもキツいので、体力に自信のない方は、途中までロープウェイで行くことをおすすめします。頂上から松山市街を一望でき、とても素晴らしい景色です。
鎧や火縄銃など、展示品がたくさんありました。階段は急でしたが、最上階からの景色は、周りを見渡せて気持ちよかったです。
ロープウェイで上がるまで城らしいものは見えず…天守閣が見えたときは感動✨思っていたよりも城内は広くて気づいたら2時間あっという間に過ぎてました。虹も出ており天守閣からの眺めは最高に良かったです。松山鍋焼きうどんも好みの味。ご馳走様でした。
リフトで上がると、入館料込み1000円位で、徒歩🚶で健康の為、上がりますと入館料520円で約30分位です。天守閣付近迄、来ますと絶景スポット(松山市街が一望)になってます。天守閣は江戸時代から続く12天守閣の中ではトップクラスの広さで見所満載といった所だと思いました。天守閣の美しさも素晴らしかったです。有り難うございました。😀
見晴らしが良い。
名前 |
大天守 |
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ジャンル |
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電話番号 |
089-921-4873 |
住所 |
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HP | |
評価 |
4.5 |
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現存する12天守閣の一つである松山城です。