磐裂神社で心を整える。
磐裂神社の特徴
磐裂神社は由緒ある大同二年創建の神社です。
境内には栃木の名木百選に選ばれた樹齢250年の檜があります。
参道ではわたらせ渓谷鐵道の踏切があり面白い体験ができます。
磐裂神社(いわさくじんじゃ)主祭神 磐裂命 根裂命 経津主命配祀神 須佐之男命由緒大同二年(807)中禅寺湖畔に創建され、大昔は妙見天童と称しました。ついで妙見大菩薩を名のり、さらに時を経て妙見宮と呼び名が変わりました。星宮信仰の社で天安二年(858)には磐裂命・根裂命を御祭神としました。奉祭する一族が足尾に移住するにともない遠下の地に遷宮し、大正八年(1919)旧地名にある字長坂に遷宮(この説は未確認)。明治四年(1871)に磐裂神社と改称しました。足尾の鎮守です。明治十四年、幣帛共進神饌料進の指定社となっています。明治四十四年(1911)村社磐裂神社及び境内社五社を前遠下の地より現在の地に移轉しました。一の鳥居右手に宮前子育地蔵尊、となりに「庚申山表口」石標、鳥居左手には「庚申尊献燈」、庚申塔、青面金剛、不動明王などがあります。(サイト「kyonsight 栃木県の神社」より)「足尾五氏」と言われる一族十四人が日光から移住してきた時、妙見宮の分身を拝受し、大同三年(808)に足尾郷十四ヶ村の鎮守と定めました。文化(1804~1818)文政(1818~1831)の頃、庚申山信仰が盛んになり、登拝口として講中寄進の庚申山碑や一丁目標が建てられました。神社は大正三年(1914)現在地に移りました。境内に栃木県名木百選の大桧(御神木)があります。栃木県名木百選「御神木」記樹齢250年 高さ35m 太さ3.2mこの御神木(ひのき)は「生命」の守り木と云われています。町内はもとより各方面から長命を願って訪れています。太平洋戦争当時は出征兵士が無事帰還を願い、御神木の皮を剥がして肌身に着け出征しました。しかし現在では御神木を守るために、皮を剥がさず、まわりの鎖へ麻を結んで長寿を祈っています。(境内案内板より)
参道の途中にわたらせ渓谷鐵道の踏切がある、面白い神社でした。のどかで静かな雰囲気でした。
足尾の鎮守の神社で、境内には栃木の名木百選に選ばれている、樹齢250の檜があります。その昔太平洋戦争の時には、この御神木の皮をお守り代わりに、戦場へ持っていた話しもあります。現在は採取厳禁です。
地元の守護神社です!
足尾銅山観光のあと、お詣りしました。
境内で遊んでいると突如放送で怒られる。
薄暗く手水舎は水が流れていない神社でした。
磐裂神社。静寂な空気に包まれています。
境内は清掃・整備が行き届いておらず、寂れた印象の神社でした。
名前 |
磐裂神社 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
0288-93-3500 |
住所 |
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HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-tochigi/jsearch3tochigi.php?jinjya=75334 |
評価 |
3.3 |
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