西郷隆盛終焉の地、歴史と共に。
御角櫓跡の特徴
西郷隆盛の終焉の地で、歴史を感じることができます。
御角櫓跡は鶴丸城の南端に位置しています。
現在、櫓跡では美しい蓮の花が咲いています。
歴史を感じます。
☆本丸南西の隅に櫓の礎石がありました👀長さ約20m×幅約7.5mの長方形の櫓、案内板にあった明治5年(1872年)の写真を見ると立派な二層の櫓、二層部には横に長い格子窓の付いた出窓、屋根には鯱が載ってる、隅櫓にしては凄く格式高い😲☆嘉永6年(1853年)、後の13代将軍徳川家定御台所「篤姫/天璋院」が、この櫓から城下の祇園祭を見たと記録が残ってるそうです、何か更に凄い、城下に一番近くて景観が良い場所だ❗️
西郷隆盛の終焉の地を周る旅御角櫓跡御角櫓は鹿児島(鶴丸)城本丸居所の内濠に面した南端に位置する櫓です。高さ20メートル、幅は約7.5メートルの建物だったと推測されます。13代将軍徳川家定の御台所となる篤姫(のちの天璋院)と典姫(斉彬の娘)が,嘉永6(1853)年6月15日に,御角櫓から祇園祭を見たとの記録が残っています。
櫓があった跡に基礎の部分だけ残っています。説明が無ければ解らないような基礎ですが、これがあるとここに櫓があったのかという想いがうかびます。今はビルが建っていますがそ、当時はここから金生町などがよく見渡せたのだと思います。
今の時期 蓮の花🌼が咲いています。綺麗です。
| 名前 |
御角櫓跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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御角櫓は明治5年の古写真が残っている。天守をもたなかった鹿児島城であるが、なんと櫓もこの単層櫓たったひとつであったという。本丸南東端に位置し、今も礎石が確認できる。