桜舞う街中の山王様。
日枝神社 海神中央町会会館の特徴
船橋駅から徒歩5分、桜が美しい小さな神社です。
地域の産土神さま・山王様として親しまれています。
境内には遊具があり、地域の憩いの場となっています。
本町の日枝神社は創建年代等は不詳ですが、昔から山王様と呼ばれていました。明治の神仏分離により日枝神社に改称され、1910年には村社になりました。社殿は1985年に現在の様姿になったとあります。神社が都市の公園となったような雰囲気の神社です。
久々に来ました。やっぱりいいですね。お祭りの準備中で珍しい象の山車も見れて満足です。お祭り見に来たいなぁ…クラファンいいですね❗余裕が出来たら3口いきたいです。それと御朱印ありがとうございます。
桜がきれいな小さな神社。
【船橋市 神社巡礼】◉寺社 日枝神社 📍千葉県船橋市山王信仰に基づき比叡山麓の日吉大社より勧請された「日枝神社」さんへ参拝しました。10時34分に参拝で他の参拝者はいませんでしたのでゆっくり参拝する事ができました。◉神社★日枝神社☆社号 日枝神社 ☆社格 旧村社☆御祭神大山咋神(オオヤマクヒノカミ)☆御神徳大山咋神の「咋」は「主」という意味で、大山の主であると共に広く地主神として崇められ、山水を司さどり、万物の成長発展、産業万般の生成化を守護し給う御神徳である。日枝神社の神使は神猿と云われ、夫婦円満、殖産繁栄の神とされ、特に安産子育に霊験あらたかであると云われる。🍙境内社案内板☆御由緒昔から山王様と呼称されて土地の人々には参土神であり信仰の中心であった。明治初年頃神仏分離令により日枝神社と改称され、明治43年(1910)には村社日枝神社となる。大正10年(1921)当時の在郷軍人会が中心となり社殿の大改装が行われ、昭和60年(1985)現在の社殿の様姿となす。🍙境内社案内板意富比神社の飛地境内社となっています。◉ルート船橋市、本町通り沿いの海神日枝広場内にある神社となっていて境内に入り石鳥居をくぐり参道を歩きます。石鳥居左手前には日枝神社案内板があるので確認しておきましょう。石灯籠のあいだを抜けると参道右手には海神中央町会会館があり、左手には手水舎と境内社の石祠がいくつか並んでいます。更に参道を歩くと狛犬があり、日枝神社社殿となります。社殿左手から裏手に向かう途中に改築記念碑があり奥には海神日枝神社広場の遊具がいくつかあります。◉感想創建年代等調べてみましが境内案内板に書かれていること以外は内容不詳となっています。社殿は全周が覆いに囲われしまっているのであまり良く見れない状態になっています。またお賽銭箱もありませんでした。宮司不在の無人の神社ですが境内は綺麗になってるので海神中央町会会館を利用されている方々が管理されているのではないかと思われます。ありがとうございました。◉住所千葉県船橋市本町1-21-6◉アクセス京成電鉄京成本線/京成船橋駅西口から徒歩6分位。
街中の神社ですが、きれい清掃されています。大切にされている神社と感じました。
船橋駅から徒歩5分位、境内の掲示板には次のように記されています。日枝神社祭神 大山咋神(おおやまくひのかみ)素盞嗚尊―大己貴命(大國主命 大物主命)―1.大國御魂神2.大年神3.大山咋神―別雷神大山咋神の「咋」は「主」という意味で、大山の主であると共に広く地主神として崇められ、山水を司さどり、万物の成長発展、産業万般の生成化を守護し給う御神徳である。日枝神社の神使は神猿と云われ、夫婦円満、殖産繁栄の神とされ、特に安産子育に霊験あらたかであると云われる。神社運営審議会日枝神社 御案内一月一日新年初詣二月十五日例大祭八月下旬(三年毎)御神輿渡御大祭十一月十五日七、五、三、宮詣十二月三十一日お篝火昔から山王様と呼称されて土地の人々には産土神であり信仰の中心であった。明治初年頃神仏分離令により日枝神社と改称され、明治四十三年には村社日枝神社となる。大正十年当時の在郷軍人会が中心となり社殿の大改築が行われ、昭和六十年現在の社殿の様姿となる。神社運営審議会。
神社なりたち。
とっても小さい神社。一部遊具もあるが、都会にある小さな公園という程度。神社の構えはいいだけに、写真の印象よりはちょっとガッカリしたかな。4月某日に桜があったので、ベンチでのんびりくつろいでみた。人が居なくて桜を独占出来た。いい感じでした。
地域の産土神さま、山王様(さんのうさま)として、親しまれていて、裏側には、2〜3の遊具がある。お社の向かって右側には、町会会館がある。
| 名前 |
日枝神社 海神中央町会会館 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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お参りしてきました。