街中の遺産、開化天皇陵。
念仏寺山古墳(開化天皇陵)の特徴
街中に突然現れる第9代・開化天皇の陵です。
明治に宮内庁に移管された貴重な古墳です。
墳丘は削られたものの歴史の重みを感じられます。
ホテルの近くにあったので散歩がてらに。初の天皇陵でした。開化天皇9代天皇らしくもう神話の世界ですね。
JR奈良駅から猿沢池まで続くメインストリートの途中、脇に50mくらい入った所にあります。全長約100mの大きな古墳です。前方後円墳ですが、遙拝所からしか見ることが出来ないので、形は見た目では分かりません。賑わう街中のちょっとした脇に、静寂な空間が広がっていて、心が落ち着きます。空と木々と砂利の色がコントラストで美しいです。
5世紀前半築造の前方後円墳 第9代 開化天皇陵とされております東側の念仏寺墓地として墳丘が削られ利用されていた経緯があり 本来の形状を留めていないそうですかつて平城京域内にあり 現代でも三条通りの繁華街にあって よくぞ土地開発の憂き目に会わず消滅しなかった事か幕末の修陵により大部分の天皇陵が治定され明治になり宮内省(宮内庁)に移管 なかなか調査は出来ないものの 存在自体が素晴らしい😀なのに 奥まった所にあり周辺の建物のガードも堅く墳丘が拝めない 拝所のみです😔
町中に大きな森と思ったら、古墳でした。ひっそりとあります。
何故か奈良市にある開化天皇の御陵です。ビル群に囲まれているので拝所以外からは見えないと思います。この古墳陵墓だけ特別仕様で木の柵があり、鳥居が見えにくくなっています。
何故か奈良市にある開化天皇の御陵です。ビル群に囲まれているので拝所以外からは見えないと思います。この古墳陵墓だけ特別仕様で木の柵があり、鳥居が見えにくくなっています。
口コミ読んでたら、開化天皇の頃は奈良は沼だったのでは?とあって、あっ!そうだわ、と思い、他の方もこの古墳が5世紀頃の物と書かれていて、その頃からこの辺りも陸地になったと思われますので、開化天皇のお墓じゃないかもしれませんね?最初の八代が居たか居なかったを書かれている方が多いですが、今現在確認出来ないものは、ロマンがある方を信じた方が良いな。
欠史八代の一人、開化天皇陵で率川の名が今の世に残って良い。この規模で駅前付近でメイン通りにある古墳は少ないでしょう。観光ホテルの裏、まわりは観光商業施設、これだけ街の開発を無視した古墳であることも珍しい。それと殆どの方はスルーでしょうね、全く目立たずプロモーションも弱い!欠史八代の神話と現実のはざま故の宿命でしょうか。
全く見せる気のない天皇陵。長い参道もあるのですが門はしっかり閉まってます。
| 名前 |
念仏寺山古墳(開化天皇陵) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
近鉄奈良駅からGoogleマップアプリのナビを頼ると、古墳ではなく「念仏寺」の方に案内され、たどり着けないのでご注意下さい。これは三条通りにある入口からのみ行けて見れる古墳です。