杉並木の道を進む静寂。
天津山 正統院の特徴
山門までの杉並木の道は、清々しい雰囲気で魅力的です。
方丈を右に見ながら進むと、静かな森にひっそりと佇む門が近づきます。
後嵯峨天皇皇子の顕日王墓がある、歴史深い場所です。
中には入れないのですが山門までの階段が非常に良い雰囲気です♪
私は檀家ですが、一般の人は基本的に中には入れないようてす。
方丈を右手に見ながら道を進むと回春院方面へ右に道が曲がりますが、曲がらずに石造りの細い杉並木の道を進むと森にひっそり佇む門が近づいてきます。何だか別世界の空間に来たみたいな感覚になりましたが、足を進めると正統院と書かれている門へ到着、そして門の中の庭園が目の前に現れ誰も居ない空間に水が流れる音と鳥の囀ずりと静けさ、普段の生活で感じられない空間に感動しました。杉並木も上を仰ぎみると真っ直ぐに伸びた木が綺麗に並んでいて最高の景色でした。
感じのいい住職で、建長寺の奥にあり、なかなか奥の方まで普段は、行かない場所まで車で行きました。年寄りには、助かります。
2018年5月には、入場は不可能であり、むしろ放棄されているようです(原文)Im Mai 2018 war kein Zutritt möglich, scheint auch eher verlassen zu sein
正統院は、第十四世高峰顕日の塔所。本尊は文殊菩薩。もとは浄智寺にあったが、夢窓疎石によって建長寺に移された(無学祖元の塔所として建てられた正続院の跡に移された。正続院は円覚寺に移されている。)。高峰顕日は後嵯峨天皇の皇子といわれ、鎌倉では第二世兀菴普寧に学び、無学祖元の法を嗣ぎ法衣と法語を授かったといわれている。浄妙寺、浄智寺を経て建長寺に住した。和歌にも秀で冷泉為相とも交流をもち、「仏国禅師和歌集」を残している。
参道の雰囲気に引き込まれましたが、残念ながら門前迄しか入れませんでした。
Beautiful temple well worth a visit.
建長寺の中でも一番好きな庭園です❗本堂だけでなく、是非とも、こちらも訪れて下さいね🎵
| 名前 |
天津山 正統院 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0467-22-5207 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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『神雷(じんらい)戦士之碑』正統院の左手を案内板を頼りに登っていくと、階段の先には小さな墓地があります。そのこじんまりとした洞窟の中に『神雷戦士之碑』がひっそりと鎮座しています。神雷戦士とは、空中特攻兵器『櫻花』を主力に組織された、第七二一(ななふたいち)海軍航空隊(通称神雷部隊)の隊員を指します(正式には神風・しんぷう特別攻撃隊櫻花隊神雷部隊)。昭和20年3月21日の第1回特攻から戦死された829名の氏名と、階級及び出身地が、正面のアルミ板に刻まれています。建長寺にこの碑がある理由は、当時の庵主が元隊員だったためです。昭和40年から毎年、慰霊祭が第1回特攻日に、湘南水交会(現在は)と建長寺側で執り行われています。少なからず関心があれば、ぜひ見学していただいきたい。鎌倉や建長寺を思う存分観光した後なら、異次元の空間を目の当たりにする事でしょう。「思わず息を飲む」感覚になります。すべての先人が櫻花に搭乗され特攻で亡くなれたのではなく、櫻花を運ぶ親機(一式陸攻)や護衛の零戦(爆弾を抱かせたものもあり)で戦死された方も含みます。特攻の回を重ねるごとに、戦闘機とパイロットの消耗が激しく、他の部隊から派遣して人員の確保に努める必要に迫られていました(筑波隊、昭和隊など)。野中五郎、西尾光天(みつたか)、西田高光、石丸進一など、これらの方々のお名前を探してみてください。なお墓域ですので、マナーを忘れずにお願いします。