江戸三大刑場跡地の延命寺
浄土宗 豊国山 延命寺の特徴
江戸時代の小塚原刑場跡に位置し、歴史を感じることができる場所です。
高さ3.6mの迫力ある首切り地蔵を一目見ることができる貴重なお寺です。
南千住の日比谷線南改札から徒歩300m、アクセスも便利で訪れやすいです。
江戸時代にあった処刑場です。鈴ヶ森と同時期に作られ20万人もの刑が執行されたとか。閉鎖は明治6年。この辺りは遺体の腐敗臭などで、とても人の住めるような場所ではなかったと聞きます。その当時、解剖が禁止されていたため、杉田玄白はここに来て遺体の腑分けを見て、解体新書を翻訳したのです。
JR常磐線南千住駅から徒歩3〜4分程度浅草方面へ向かったJR常磐線と東京メトロ日比谷線の間にある浄土宗延命寺境内にある地蔵菩薩坐像である。此方の地蔵尊は首切り地蔵と呼ばれているが小塚原刑場が明治時代に廃止される迄最終的に20万人とも言われている刑死者の菩提を弔う目的で江戸時代半ば1741年頃に作られた延命地蔵尊である。現代の証拠中心の裁判と違い自白と拷問で罪状が決められていた時代では冤罪で亡くなった方も相当数だったと思われるがそうした方々は地蔵尊のお力でせめてあの世では心安らかにお眠りして頂きたいものである。
延命寺は浄土宗のお寺で、山号は豊国山昭和57年に小塚原回向院から独立する形で、小塚原刑場跡地に開山しましたお寺の名前「延命寺」は、首切り地蔵が延命地蔵尊であることに由来していると言われています。
南千住日比谷線通勤時代 いつも見ていたお地蔵さま宗教法人のなせる技と当時思ってスルーしてましたが、とんでもない!小塚原刑場の霊を弔う歴史あるお地蔵さまだったのですね。東日本大震災で左腕落下と憂き目を見たようですが、いつまでもこの地で人人の安寧を見守ってほしいですね。
江戸時代には小塚原刑場があり、品川の鈴ヶ森刑場と並ぶ江戸の刑場として、明治時代始めに廃止されるまでは、磔(はりつけ)・斬首などが執行されていたとの事。刑場の入口にあった「首切地蔵」は、4メートル近くもあり、刑死者の菩提を弔う為、寛保元年(1741)に建てられました。明治三十年代から昭和三十年代、毎月五日、十四日、二十七日に地蔵の縁日が行われていた。多くの露天や見世物小屋が出るなど大変な賑わいを見せたという。この地蔵は、現在も無縁となった人々の霊を静かに見守っているとの事です。
一部の誤ったクチコミ情報と、外から見ても一際目立つ「南無妙法蓮華経」の石塔(日蓮宗および法華宗・本門佛立宗系列の御題目)の存在のため、長らくずっと日蓮宗系の寺院だと思っていましたが、違います。実際に訪れた上でご住職に直接お話をお伺いしたところ、元々が隣接する浄土宗寺院の回向院の一部だったのは間違いなく、明治に鉄道敷設により敷地遮断され、後に独立したのも事実。しかし宗派は回向院と同様、浄土宗のままです。建屋の正面にも大きく浄土宗の宗紋「月影杏葉」が認められます。過去に宗旨替えの事実があったとか、今は違うとかではなく。ではあの石碑は何故?と言えば、あれは諸国行脚で寄進をして回った方による、今で言う神社の奉納鳥居のような位置付けの物なんだとか。寄進した方の宗派が日蓮宗系であっただけで、死者を弔う意図の寄進物であるから、宗派がどうだとかに拘らず受け入れられた物なのだそう。皮肉なのは、かつての日蓮宗は浄土宗をはじめとした他宗派を強く否定していて、たとえ寄進でも決してこういう他宗派のものを受け入れなかっただろうことを考えると、こちらの寺院を含んでいた当時の浄土宗回向院は懐深く寛大だったのだろう事が伺えます。
素敵なお顔の体の大きな地蔵尊で、綺麗に清掃されていました。この地蔵尊は江戸時代から明治の始めまで江戸近郊において、はりつけや獄門、火罪、斬罪などを行うお仕置き場として20万人もが処刑され、その刑死者や無縁仏を弔うために建てられたとのこと。JR南千住駅西口を出て左手を線路に沿って真っ直ぐ歩くと2分程で到着します。約4mの高さで27個の寄せ石作り、2011年の東日本大地震により左腕が落ちたり胴体がずれたりし荒川区で第一期修復工場実施とある。
この地には刑場・小塚原刑場があり、江戸時代から1873年の刑場の廃止まで20万人以上が処刑されたと言われています。刑死者の亡骸は軽く土をかぶせた程度の処理しかなされず、野良犬や虫が湧いて陰惨な有様だったそうです。1741年に大きな地蔵が建てられ、刑に処された人々を弔っています。かつては隣接する回向院の一部でしたが、常磐線で分断されて飛び地になっていました。1982年に飛び地部分が延命寺として分離して今に至ります。
かつて小塚原刑場という名で江戸時代から明治初期にまで使用された刑場が南千住にあった。このお地蔵様は処刑された罪人や日光街道で行き倒れた人々を供養する目的で建立されたと言われており、寛保元年(1741年)に建立されたと伝えられる。隅田川駅(貨物駅)開設の鉄道敷設工事のため現在地に移設されたもので、往時には隅田川貨物線の南側に安置されていたのを現在の場所に移設したと語られる。石作の大きなお地蔵さんは所見では圧倒的なインパクトを誇る。
| 名前 |
浄土宗 豊国山 延命寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3807-0897 |
| HP |
https://www.city.arakawa.tokyo.jp/a022/shisetsuannai/jinja/minamisenju003.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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JR常盤線「南千住駅」西口から徒歩約1分くらいの場所にある江戸三大処刑場の一つである小塚原処刑場跡地に建立された寺院です。もともとは小塚原回向院の境内の一部でしたが、現在のJR常盤貨物線の敷設に伴い分断され、1982(昭和57)年に分院独立されました。境内には「首切り地蔵尊(延命地蔵尊)」が鎮座しており、刑死者の供養だけではなく、災難厄除や健康長寿の御利益があるとして現在も多くの方に信仰されています。この地蔵尊は1741(寛保元)年に小塚原処刑場で処刑された人々や小伝馬町にあった牢屋敷で獄死した方々を供養するため、大阪の石工などが施主となって造立されました。地蔵尊の高さは約4m近くあり、27個の花崗岩を組み合わせて造られています。小塚原処刑場は1651(慶安4)年に設置され明治時代初期まで使用され、廃止されるまで約20万人の人が処刑されました。1年間で約900人が処刑された計算になります。刑場の大きさは間口60間余(約108m)、奥行30間余(約54m)あったそうです。