大山巌像で感じる誇り高き日本。
元帥陸軍大将大山巌公像の特徴
九段坂公園に位置する大山巌元帥の立派な像です。
大山巌は西郷隆盛の従兄弟で薩摩藩士です。
馬に乗った姿の銅像からは誇り高い日本人が感じられます。
大山巌は天保13年(1842年)の生まれで薩摩藩出身。従兄弟である西郷従道(西郷隆盛の弟)は、盟友関係にありました。薩英戦争での近代的な軍備に影響され、江川太郎左衛門のもとで砲術を習得し、日清戦争では第2軍司令官、日露戦争では満州軍総司令官を務めました。東郷平八郎と対を成して「陸の大山、海の東郷」と称されました。その後、参謀総長、内務大臣を勤め元老となっています。大山巌像は、大正8年(1919年)に現在の国会前庭に設置されました。銅像は軍服を着た騎乗姿で、原型作者は新海竹太郎。近代の軍人像の中では、 数少ない乗馬像の一つです。昭和23年(1948年)、GHQにより一時撤去され、東京都美術館に預けられた後、昭和44年(1969年)に現在地に移転しました。
九段坂公園にある像です。日本武道館や千鳥ヶ淵公園の近くにあります。大山巌は1904年(明治37年)2月 から1905年(明治38年)9月にかけてあった日露戦争で陸軍元帥でした。また、1863(文久3)年8月の薩英戦争ではスイカ売り決死隊と言われた、スイカ売りに扮してイギリス軍艦に乗り込みゲリラ攻撃を仕掛けるメンバーたったとのこと。西郷隆盛、西郷従道とは従兄弟同士の関係性です。像自体は1919(大正8)年に国会前庭に建てられたものらしいですが、第二次世界大戦期に一度撤去されましたが、戦後になって現在の場所に再建されたとのこと。
天保13(1842)年生まれの薩摩藩士で西郷隆盛・従道兄弟とは従兄弟。伊藤博文内閣では初代陸軍大臣を務めた。日露戦争では元帥陸軍大将として満州軍総司令官を務めた。陸の大山、海の東郷と崇められた。後妻は嘗ての朝敵であった会津藩の国家老の娘・山川捨松媼。この騎馬像は大正8(1919)年に現在の国会前庭に据えられた。昭和23(1948)年にGHQにより一時撤去されていたが昭和44(1969)年に現在地に移転した。 (再)
調べてみたら西郷隆盛の弟の友達らしいです。日清戦争、日露戦争を安全な場所から指揮してたみたいですよ。最前線にいたのでは無いみたいです。それではなんとでも言える感じですよねw結局は75歳まで長生きして胃病で倒れて亡くなったという軍人なのに病死。なんだかねー。この像はもともと国会の前にあったらしいです。戦後GHQによって撤去wその後ここに置かれたようです。
九段坂公園内に建っています。元帥陸軍大将で日露戦争では陸軍司令官。初代陸軍大臣立派な像で靖国通りからよく見え目立っています。
日露戦争時の満州軍総司令官で有名な大山巌の像。ガマの渾名で知られているがこの像は肖像画ほどガマっぽくない。戦前よりあった像だそうだが最近できたスポットなのかと思うくらい綺麗な周辺環境だった。
2023.5.16 初訪問靖国神社と日本武道館の間にあります日露戦争の英雄・大山巌元帥陸軍大将西郷隆盛の従兄弟ですね。
千鳥ヶ淵公園に近いです。
良く残ったな~。壊せば良いってもんでもないし。
| 名前 |
元帥陸軍大将大山巌公像 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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皇居の乾通り一般公開の後、靖国神社へ参拝する途中に立ち寄りました。日本の近代史を支えた軍人、大山巌(おおやま いわお)の威風堂々とした騎馬像です。【大山巌とその功績】薩摩藩出身で西郷隆盛の従兄弟としても知られる人物です。日露戦争では満州軍総司令官を務め、「陸の大山、海の東郷」と並び称されるほど、日本の勝利に大きく貢献しました。【銅像の歴史的価値】1919年に設置されたこの像は、名匠・新海竹太郎による原型で、近代の軍人像としては珍しい「乗馬姿」である点が見どころです。実はこの像、1948年にGHQによって一時撤去されたという歴史を持っています。その後、1969年に無事この地に戻されたという経緯を知ると、より一層感慨深いものがあります。乾通りから靖国神社へと続く道すがら、日本の歩んできた歴史に想いを馳せるのにぴったりのスポットでした。