岩壁の奥に息づく不動様。
巌窟不動尊の特徴
川喜多映画記念館近く、隠れた穴場の不動尊です。
不動茶屋の奥に位置し、茶屋利用が訪問の鍵。
昔のやぐらにまつわる歴史が感じられる場所です。
鎌倉市雪ノ下の不動茶屋の敷地内に祀られているお不動様。鶴岡八幡宮から福寿寺へと向かう途中で偶然通りがかったので気になって参拝しました。源頼朝が鎌倉入りをする以前からある古いお不動様で松源寺というお寺が管理してましたが明治になると廃仏毀釈により寺は壊されてしまいました。名前の通り以前は岩屋の中にありましたが崩落の危険があったため現在の場所に移されています。お不動様は御堂の中に祀られ鳥居があり隣には別のお不動様も祀られています。他にも庚申塔、石塔、手水などもありました。参拝を済ませて帰ろうとしていたところ不動茶屋さんから聞こえてきた会話の中で御朱印のことを言っていたので気になって店内へ。御朱印と御守を扱っているとのことで書き置きの御朱印を頂きました。参拝日のお書き入れもあります。
川喜多映画記念館の前の道を横須賀線の踏切の方に少し歩いた所にある岩窟不動尊は、今は祠に祀られていますが、昔は祠の横にあるやぐらに祀られていたそうです。源頼朝が鎌倉に入る前からある不動明王のお堂といわれています。
かつて、金網がコンクリートの段差ギリギリの所に設置されていて、ヤグラの中を見る事が出来なかったが、今はヤグラに直接金網が取り付けられているので、中を見る事が出来るようになった。
穴には入れませんでした。
川喜多映画記念館のほど近くにある。元々は松源寺という寺院が管理していたが明治の神仏分離で廃寺に。また、肝心の岩窟も崩落の可能性があるということで封鎖されている。(中の石仏は確認が出来る)不動堂自体は小さいながらも立派で管理もよく行き届いている。
不動茶屋の奥にあり めだちません。
大昔は岩窟の中に仏がいたようです。現在は崩落の危険がありネットが張られ中に入る事はできません。鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』には「窟堂」という名でいくつかの記述があります。「1188年10月10日 勝長寿院に参詣した窟堂の聖阿弥陀仏房が路上にて急死した。めずらしいことであった。この頃庶民が多く急死したという。」 「同年正月大一日 窟堂下の佐野太郎基綱の屋敷で火災があり、数十軒にわたって類焼した」形は変わっても源頼朝時代からいままで残る岩窟不動尊は鎌倉の貴重な遺産のひとつです。
入口も塞がれてしまい手入れも行き届いておらず、どうにかして欲しい。
ひっそりとありました。手前の不動茶屋で腹ごしらえしました。
| 名前 |
巌窟不動尊 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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岩壁の穴にお不動様を祀った史跡です。なんと吾妻鏡にも登場する鎌倉で最も古い窟不動として知られています。