格式ある坂城神社へ参拝しよう!
坂城神社の特徴
長野県埴科郡坂城町にある式内社で、歴史ある神社です。
葛尾城の登山道入り口に位置し、風格のある景観が魅力です。
敷地が広く、きれいに手入れされた神社で落ち着いた雰囲気です。
村上氏ゆかりの地巡りで立ち寄りました。書き置きの御朱印(300円)があります!
雰囲気良い!
長野県埴科郡坂城町坂城に鎮座する、式内社・坂城神社の書き置き御朱印を頂きに参拝しました。主祭神は大己貴命(大国主大神)。御由緒は社伝によると、景行天皇40年に日本武尊命東征の折に当地に祖神を祭り、白鳳2年(673年)に治国平天下を祈願して社殿を奉建したのが始まりとのこと。『延喜式』神名帳では信濃国埴科郡に「坂城神社」と記載され式内社に列している。埴科郡坂城郷の郷社として祀られ、中世以後は「坂城大宮」と称したとのこと。神社裏手から登れる葛尾山頂上には葛尾城跡があり、戦国期には村上義清に代表される村上氏代々が葛尾城主として坂城一帯を治めていた。そのためこの坂城神社は村上氏により篤く崇敬されたが、葛尾城自体は天文22年(1553年)の武田氏侵攻により落城。そのまま村上義清は上杉謙信を頼り越後へと落ち延びていくことになる。そして永禄11年(1568年)に武田信玄が社領を寄進して再興し、そのあとを継いだ武田勝頼も天正7年(1579年)に社領を安堵している。書き置き御朱印は賽銭箱の側のプラケースに御札や御由緒書きと共に入っており、そこから求めるものを取り出し、授与料はお賽銭として賽銭箱に入れる形となってます。最寄駅はしなの鉄道の坂城駅で、徒歩12分ほどで来ることが出来ます。道も駅から一本道なので迷うことはないと思います。
坂城神社狛犬(坂城町指定文化財)。寄進者は坂木藩板倉氏の家臣石川市左衛門義孝で江戸時代中期作(天和二年)。狛犬は一石彫成で小柄だが、胴は引き締り胸板は厚く精悍な顔付きで獅子としての威厳が感じられる。背中に碑銘文が彫られている、狛犬好きの方は必見の作品かと(^ ^)
敷地も広く、大きな立派な神社です。駐車場も完備されています。
葛尾城の登山道入り口にある神社。
武水別神社の御朱印展を拝見した後、伺いました。出雲大社から御祭神を勧請とのこと。神職さんは常駐していないようですが、綺麗に整備されておられました、
いい場所です。
市街地からちょっと外れた田畑が広がる山裾に建ち、遠くからもよく見える風格のある神社です。駐車場は整備舗装されているので車での参拝も便利です。普段は無人ですが手水舎には水が流れ、拝殿の扉も開いています。関係者が朝夕しっかり管理しているのでしょう、境内も綺麗で気持ちがいいです‼️御朱印は書き置きがですが社頭に置いてありました(300円)。追記! 信州乃出雲御社となっていたので縁結びの神様だね。年数回婚活パーティーをやっている か、どうかはわかりませんが、神社主催の婚活パーティーをやれば評判になるよね😃
| 名前 |
坂城神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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坂城神社(さかきじんじゃ)。長野県埴科郡坂城町坂城。式内社(小)、旧県社。主祭神:大己貴命配祀:事代主命 建御名方命資料によると、創祀年代は不詳。式内社・坂城神社に比定されている古社。口碑によると、景行天皇四十年、日本武尊が東征のおり、碓氷峠から埴科の県に来られた時、当地日野の里(日名)で住民と共に祖神を祀ったのが起源。その後、天武二年(673)、この地で治国平天下を祈念して社殿を奉建したのが当社の創祀であるという。坂城郷の郷社として、中世以降は坂城大宮と称された大社。境内地は、五里ケ峯(1094m)の南麓にあるが、五里ケ峯には戦国武将の村上氏居城・葛尾城などがあり、境内の近くには村上氏館跡・満泉寺がある。天文二十二年(1553)、城主・村上義清が、武田晴信の攻略にあい、越後へ走った際、兵火にかかって社殿が焼失し、古記録等も焼失した。その後、武田晴信によって社領が寄進され復興したという。明治四年に郷社に列格し、昭和十二年十一月県社に昇格した。とあります。