凛々しさ際立つ、前田利家像。
前田利家公像の特徴
珍しい母衣姿の前田利家公像が魅力的です。
夜も拝観できる立体的な銅像が境内にあります。
尾山神社で戦国大名の歴史を感じることができます。
前田利家は強かったのか?前田利家は強かったと言えます。織田織田信長と豊臣秀吉という二人の天下人に仕え、その剛勇さから、『槍の又左』と異名され、長槍を操る荒武者として知られていました。また、戦功において、加賀百万石の大領地を得て、五大老の一人にも名を連ねる、大大名へと成長しました。前田利家が強かった理由若い頃の前田利家は、三間半(約6.3m)もの長槍を振り回し、その勇猛さから『槍の又左』と称されるようになりました。⦿戦功と加賀百万石の獲得佐々成政討伐の功績などにより、豊臣秀吉から加賀を含めた広大な領地を与えられ、加賀百万石の大大名となりました。⦿豊臣政権ではの重鎮豊臣秀吉の死後、徳川家康と並ぶ執政として、五大老の一人に数えられ、豊臣政権の重鎮として大きな力を持っていました。その他⦿前田利家はその優れた『戦国大名』として生き残り戦略によって、加賀潘の基礎を築きました。ちなみに前田利家も若い頃は『傾奇者(かぶきもの)』と称される変わりものでした。『かぶきもの』と言えば、甥の前田慶次が『かぶきもの』と呼ばれるほどの変わりものでした。血は争えないですね!
前田利家公像。(202403)【みちみち】※作者不明。前田利祐書。青年時代は赤母衣衆、槍の名手で「槍の又左」の異名を持った。🅿️尾山神社参拝者(無料)駐車場、🚻トイレあり。※客観的に普通の物が『最高』の評価にはなりませんので悪しからず。
母衣を装備した珍しい姿の前田利家公像。
立派な像です。背中の母衣、ものすごくデカいです。
境内にある前田利家公像。織田信長 臣下「槍の又左」の異名は有名。赤母衣衆の筆頭。勇壮な彫像です。
訪問日 2024/8/11何だか変わった立ち姿の騎馬像だな…と足を止めました。この、大きな荷物を背負った前田利家公の騎馬像は「母衣」(ほろ)という流矢を防ぐために鎧の背にかけた布に竹やクジラの骨で骨組みし、風で膨らんだ形を示した物だそうです。戦国時代に騎馬武者は、これを背に戦場を駆け巡り連絡の役を努めました。このような騎馬武者を母衣衆と呼びました。織田軍団の母衣衆は、佐々成政を筆頭とした十人の黒母衣衆と、前田利家を筆頭にした九人の赤母衣衆の十九人でした。戦闘時は、諸隊のガイド的役割もあり敵の目に付きやすく、大変危険な死と背中合わせの役回りだったようです。
お松の方の像は石に彫られた平面でこちらは馬に乗った立体でした。
佐々成政公の黒母衣衆、前田利家公の赤母衣衆、主君信長の守衛隊の象徴だけかと思いきや、中に鯨の髭、竹組合せ、髪編みなどを入れて自身を守る意味もあった様ですね。
この像の良い所は背中の大きな母衣!そもそも母衣の存在を知りませんでしたが、背中のデカデカとした謎の物体があることで興味をもて、すぐ隣に説明があることで、理解する流れができていて良いですね!
| 名前 |
前田利家公像 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
076-231-7210 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 8:30~18:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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前田利家が祀られていると言われているので、像があるんですね。今日知りました。とても力強い銅像です。