平将門の終焉地、荘厳な北山稲荷。
北山古戦場跡(北山稲荷大明神の跡地)の特徴
平将門公の終焉の地として荘厳なオーラが漂う聖域です。
近所の有志のおじさんが整備した綺麗な参道が魅力的です。
竹が密生し、藪漕ぎが必要な秘境的なアクセスも楽しめます。
2025.11.19 北山稲荷大明神お稲荷さまにおかえりいただくための神事が、八坂神社の神職さまにより厳かに執り行われました。近いうちにお社は撤去される予定です。また、将門さまの鎮魂碑や平安期の板碑の写しの石碑などの行き先はまだ決まっていないそうです。板碑文の現物は現在坂東市に預けられており寄贈されるそうです。今後、将門さま終焉の地、北山古戦場跡にお詣りできるかどうかは不明です。2025.11.28 北山稲荷大明神跡地お社の内部にある神棚に納められていた木製の神札。表は「稲荷大明神」裏は「大願成就 中山全寿 昭和三十一年三月十六日 旧初午」とありました。この御神札と、稲荷幕、お社と鳥居のしめ縄を八坂神社さまにお納めいたしました。またお詣りされた方々がお供えされた陶器のお稲荷様5対、寿老人像も八坂神社にお納めいたしました。2025.11.29お詣りされた方々がお供えされた観音像は坂東市神田山の延命院で閉眼供養をし納めました。延命院境内には将門さまの胴塚がお祀りされています。2025.12.3北山稲荷大明神のお社の中にあった神棚を坂東市の八坂神社に納めました。お詣りされた方々がお供えされた飾り物や石(神さまの像にみえる)も納めました。先にお納めした5対の陶器のお稲荷さまの前に、小さな赤い鳥居⛩️と榊立てをお供えしました。北山稲荷大明神跡の入り口、お社前に、「お稲荷さまはお帰りになりました」ことを提示しました。
平将門が討たれた場所。そのまま国王神社まで馬に運ばれたとか。キチンと撮れたはずの写真が見返したら、何故かブレておりました。こちらには何かがいるような気がします。
五十年ぶりに訪問しました。当時はNHK大河ドラマ「風と雲と虹と」真っ盛りだったので、この地も広く刈り取られており、いかにも古戦場の趣があったと記憶しています。しかし今では周辺もすっかり開発され、奥まった藪の中の小さな手作りの神社という趣きです。ここが将門公の終焉の地だと判明した石碑のレプリカがはめられた石碑が、この地の重要な意味を伝えてくれます。
平将門最後の地といわれる所の一つにある神社です。入口に駐車スペースがあります。お賽銭は神社の環境整備に使われるそうですので、お心遣いをぜひ。
天慶3年(940年)2月14日。北山で藤原秀郷・平貞盛の軍勢との合戦にて将門公が落命したと言われる場所です。昭和50年(1975年)にこの場所から1枚の板碑が発見され、この板碑には平将門の命日が刻まれており、さらにそれを供養したのが長元4年(1031年)、源頼信であることが記されていたそうです。今はその板碑のレプリカが建てられております。参拝は、コンビニの隣りに参道が御座います。記2024年4月17日。
将門終焉の地、大変わかり難い場所で、歩き廻りました。コンビニが目印、裏手に細い道を進むと倒れた石灯籠の奥にあります。
Googlemapだとトヨタのお店から行ける様な感じだが、行けません!お隣のはま寿司さん横のファミマとヤマダデンキの間の路地を入って行くと参道入口の道に繋がります。保存会の方や有志に支えられているようで、山林を整えていて有り、努力を感じました。鳥居をくぐり林に囲まれた神域に入ると明らかにちょっと肌寒さと言うか、ピリッとする感じを受けました。これは、大手町ビル街区の首塚ほどで無いにしろ似た感じを受けました。確かに何らかの関係性を感じる場所かなと根拠なき感覚を受けました。伝説の地はかなり残されている多くも関連はあるかも知れませんが、強烈なパワーは首塚、神田明神、こちらに感じましたが、国王神社はそれ程と言う感じ。もう少しアピールしても良いかと思う場所であり、御霊分けでもして正式にお祀りし社殿を立派にしたら人気スポットになるかも知れないです。まだまだマイナーな場所だが大切にお祀りされるべき場所に感じる。ただし、冷やかしで行くべきでは無い場所。鎮魂の気持ちと無念さを思う気持ちを持ってお参りすれば、受け容れて頂けると思います。
kyokoさんの3年前の投稿写真が参考になりますが、それまでは竹が密生して藪漕ぎが激しく宮(祠)までたどり着けなかった状況だったとのことですが、近所にお住まいの男性(70代)が地主さんの許可を得て、お一人!で立木や密生した竹を刈って現在の参道をつくりました。なので、それまで熱心な方がたどり着けなかった奥まった所の祠やその後ろの板碑発見場所まで容易に歩いて行けるようになったという経緯があります。その男性によればネットなどで「地域の方々が」交代で清掃しているという情報は事実と違い、この男性お一人で日頃、竹藪の伐採、清掃をされています。帰りにその70代男性が撮影した近くの施設庭にある平将門像の写真を頂戴しました。
将門の終焉の地とここの口コミに書かれていたので行ってみました。小さい祠のような感じでまつられています。灯篭?が2つ倒れてました。駐車場?のようなものは7~8台は停められそうです。山田電機の脇の道を入ってすぐに左です。(わかりにくい)
| 名前 |
北山古戦場跡(北山稲荷大明神の跡地) |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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平将門公をお祀りする寺社を巡る途中にこの場所を知り、ナビで迷いながらも探して辿り着きました。境内を整備される 一人の篤信者様にお会いして、昨年 北山稲荷大明神から御霊抜きをしてこの地は神社の跡地になってしまった事や、平将門公が戦没された歴史のある地である事、また今後、この土地の管理がどうなってしまうのかを不安視されるお話などを伺いました。平将門公及び坂東市の歴史を伝える貴重なこの場所が、この先 坂東市や茨城県の史跡【北山古戦場跡】となり末永く護られることを願いました。