下呂温泉、林羅山の魅力。
林羅山 像の特徴
林羅山像は下呂温泉の由来を示す銅像です。
下呂温泉を楽しむための歴史的スポットとなっています。
橋の上に立つ像からの景色が印象的でおすすめです。
下呂温泉街の中心部、阿多野川に掛かる白鷺橋の上に存在する銅像です。向かい側のチャップリン像と共に下呂の温泉のシンボルでもあります。周りの景観ともマッチしバランスが良くて映えますね。下呂の素敵な写真スポットだと感じました。林羅山は江戸時代初期に活躍した儒学者であります。1621年、羅山が著書の中で有馬、草津、下呂を『天下の三名泉』に選定。この記述が世に広まったことで下呂温泉は飛躍的に有名となりました。このブロンス像は、羅山が三匹の猿と戯れている姿が生き生きと表現されているのがとても印象的です。ライトアップされた夜の下呂温泉街と羅山像も美しく素敵でした♡
江戸時代初期の儒学者である林羅山の像です。徳川家康をはじめとする幕府の将軍たちに仕え、下呂温泉を「天下の三名泉」の一つとして称えたことで知られています。
下呂が日本三名泉の一つであることは知っていたが、その元は林羅山だったとは。向かいのチャップリンよりは遥かに下呂に縁の深い人物である。
何故ここに林羅山先生の像があるのか?そして何故3匹のお猿と戯れているのか?前者の疑問の答えとして、羅山先生が『日本三名泉』の一つに、ここ下呂(当時は湯島と表現されていた)を挙げた事によります。実際には、それより前に万里集九が、日本三名泉を唱えていますが。因みに万里集九の像は、下呂市観光交流センターの前に設置されています。
下呂温泉にとって、神様のような人では?有馬,草津、下呂を三名泉と取り上げた第一人者が江戸時代の儒学者、林羅山先生。温泉は数あれど、三名泉となれば3つだけ。すごいわけよ。羅山先生に「天下の名泉」と言わしめた訳で。道挟んで、反対側に鎮座するチャップリンと同じ位、有名になってほしい。訪れた日はチャップリンの方が人気者でした。特に若い人に。チャップリンがブロスでアンティークな光沢感があったからかな。羅山先生はお猿さん達に慕われています。
下呂が日本三名泉となった由来は林羅山公のおかげのようです発言の影響力を考えると今でいうインフルエンサーですね林羅山公のおかげで下呂が立派な温泉街になり我々も温泉を楽しむことができています感謝です。
今回はワンコ連れで散歩写真は上手く撮れんかった。
■林羅山 (はやし らざん) 像岐阜県下呂市にある銅像。白鷺橋の上の歩道中程に建つ儒学者 林羅山のブロンズ像。建立:平成4年(1992)3月作者:不知●林羅山 (はやし らざん) 像は足元に3匹の小猿に囲まれいる。小猿は羅山を見上げ見るようして戯れている。慣れ慕っている様が描かれて表情が穏やかだ。像は白鷺橋の歩道中程で、車道を挟んで「チャップリン像」とは向い合う位置にある。台座に由来碑文が標されている。「 林羅山と下呂温泉江戸時代の儒学者・林羅山(一五八三~ 一六五七)の詩文集巻第三に「我國諸 八多有湯泉 其最著者摂津之有間 下野之草津 飛驒之湯嶋是三處也」とあり、現在の有馬 草津 下呂を 三名泉とする由来です羅山は に生れ和漢の博識を以て徳川家康より秀忠 家光 家綱に至る四代の将軍に仕え幕府の学問と政治に参画し 数多く書物を著わして朱子学 はじめ孔孟の教えを講じました下呂温泉に泊り 入湯されるお客様が平成元年に年間一五〇万人を 起え今日の発展をみたのもこの詩 文集「天下三名泉」のおかげと言えます ここに、山間の湯に猿と遊ぶ 羅山先生像を建立しその遺徳を顕彰いたしました 平成壬申四年三月 」
由来が書かれてます。ここから下を覗けば小川があり、凄く綺麗な水が流れてます。階段があり、下にも行けます。
| 名前 |
林羅山 像 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
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林羅山 像は下呂温泉のシンボル的な存在で、訪れると多くの人が足を止めて写真を撮っています。温泉街の雰囲気ともよく合い、待ち合わせ場所としても分かりやすいスポットです。自然と撮影の順番を譲り合う流れができていて、交代しながら写真を撮り合う様子はどこか日本らしい温かさを感じさせます。観光地ならではのにぎわいの中でも落ち着いた空気があり、下呂温泉を訪れた記念に一枚撮っておきたくなる場所です。街歩きの途中に立ち寄るのにちょうど良いポイントだと思います。