島津義弘ゆかりの薩摩池。
薩摩池の特徴
薩摩池は関ケ原の戦いの歴史的な場所ですので、訪れる価値があります。
島津義弘が陣を敷いた伝説の地を体感できる貴重なスポットです。
小さな池ですが、その歴史的背景は見逃せない魅力があります。
水が枯れてて通りすぎました見てれ良かった。
関ケ原の戦い薩摩池-----説明文より-----島津義弘隊1千5百余は、未明までに関ケ原へ入った。義弘は長寿院盛淳※らとともに、ここ薩摩池付近に布陣し、甥の島津豊久はこの地から南東約250m離れた現在の神明神社付近に布陣した。義弘らは二番備えとして石田三成の側面の守りと、戦略上重要な北国街道の押さえを任される。開戦後一進一退の攻防が続く中、小早川秀秋の寝返りにより西軍諸隊は次々に敗走する。孤立した島津隊は、徳川家康本陣に向かって猛烈な勢いで突撃し、伊勢街道を南方に抜ける進路をとった。この池は関ケ原合戦当時に、島津隊が軍用に使用したものと古くから伝えられ、薩摩池と呼ばれるようになった。付近には五輪塔も数基残り、合戦の面影を今に伝えている。※長寿院盛淳:「せいじゅん」ともいう。子孫が阿多姓を称したため、阿多盛淳、阿多長寿院とも称される。
ステーキはチャンピオンだそうですが、かなり脂っこかったです。味はいいですが。すき焼きの方が口に合いました。
とても小さい池なので一度は見過ごしてしまいました。引き返して草刈りをしていた地元に人に聞いたら「薩摩の陣跡はあそこだが薩摩池は聞いたことがない」と言われ、諦めようとしたその時右手(東を向いて)にこの池を見つけました。
| 名前 |
薩摩池 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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関ヶ原の戦いの際に島津義弘が長寿院盛淳と共に陣を敷いたところと言われています。島津義弘公陣所跡の石碑が建っている神明神社の辺りは甥の島津豊久が陣を敷いていたところと言われています。あの辺り一帯に島津勢が陣を敷いていたということだと思います。