羽黒神社の坂上田村麻呂の伝説。
羽黒神社の特徴
一の鳥居を過ぎ草道を歩くと、神秘的な雰囲気が漂う境内です。
本殿は山の頂上にあり、登ることで訪れる特別な体験が待っています。
御祭神の倉稲魂命を祀る地元の氏神様に心安らぐ瞬間を感じられます。
剣ヶ峯神社とも呼ばれる。山頂の岩は、剣の刃を逆さにしたような形をしている。拝殿裏に、石段があり、山の頂上に、本殿がある。 延暦二十年(801)、坂上田村麻呂が蝦夷を討伐し、神恩を謝し、出羽の羽黒神社を奉遷したのが創建らしい。大きな旗杭一対。平成二十一年(2009)三月吉日、刻の、羽黒神社、の社額のある、大きな立派な石鳥居。昭和五十二年(1977)三月建之、刻の、羽黒神社、の石標。石碑一基。参道が長くつづく。大きな杉の木が両側にあり、神社にいたる。石碑一基。明治四拾一年(1908)、刻の、手水盥。庚申供養塔。拝殿改築記念碑。大正三年(1914)三月二十一日、刻の、石燈籠一対。昭和八年(1933)十二月竣功、刻の、記念 松尾神社 羽黒神社 稲荷神社、の石碑。明治三十五年(1902)台風、刻の、奉納 土地四〇(読めなかった)、の石碑。朱色に塗られた、羽黒山、の社額のある、木の両部鳥居。石段を六段上ると、境内にいたり、赤い屋根の拝殿がある。拝殿に向かって右奧に、物置きのようになっている、お堂のような建物があり、その手前に、御神輿殿、がある。古い歴史と由緒を持つ、古社である。拝殿の裏に石段があり、十五段、十五段、二十二段、一段、二十六段、六十段、三十四段、二十七段、二十三段、二十三段、と上って行き、山道がつづく。大きな白っぽい石群が見えはじめ、上って行くと、本殿が見える。十二段、六段、上ると、本殿に達する。本殿前に、神殿狛犬阿吽像。右側阿形像は、蹲踞像で、大きく口を開け、両端に牙が一本ずつ、脚の指は刻まれ、耳が犬のように垂れている。頭に角があり、頭のうしろの巻き毛がおびただしい。尾に大きな巻き毛が二つ、丸い尾である。左側吽形像は、蹲踞像で、顔をやや右に向け、鼻はくぼんでいるが、口や目は不分明であるが、口は、波打っている。耳は垂れていて、頭のうしろの巻き毛はおびただしい。角はない。尾に二つ大きな巻き毛があり、丸尾である。阿形像は、オスであるらしい。本殿に向かって左側に、木の祠一宇。本殿のうしろに、木の祠一宇。その前に、柱の元の部分一基(石製)。帰り道に、本殿手前に、石の祠が一宇あるのを発見した。古い信仰の形を残す、興味深い古社である。本殿のうしろの石群は、石川町の石都々古和気神社のようで、神のいます場所にふさわしい。
坂上田村麻呂が創建したと云われている由緒ある神社。ご祭神は倉稲魂命。本殿までは長〜い階段&山道をひたすら進みます。💦 結構しんどかったですが、本殿前の可愛い狛犬さんを見た瞬間に疲れは吹っ飛びました。(◔‿◔)
道路沿いに一の鳥居があり、それを入って草道をしばらく歩いた所にありました。社殿の前にある鳥居が少し傾いているような。
御祭神は倉稲魂命。創建は延暦20(801)年,坂上田村麻呂が蝦夷を征服し,神恩を謝し出羽の羽黒神社を当山に奉遷した。当山には切り立った峯があったため「剣ヶ峰神社」とも呼ばれた。明治6年村社列格す。明治35年台風により拝殿倒壊,翌36年に麓にあった神輿殿を改造して拝殿とした。大正3年供進指定。なお,当社創建に先立つ延暦14(795)年,東征の途中で当地に立ち寄った坂上田村麻呂が近江の坂本神社の御分霊を奉斎したのが境内社である松尾神社だそうで,話の前振りがあったわけですね。国道461号線沿いに鳥居があり,そこから参道を150メートルほど進んで(左隣に車道が並行しますが,そちらからの横入りは出来ません),右手に木の両部鳥居のくぐって石段を上るとすぐに社殿が鎮座していらっしゃいました。大失態だったのが,事前に調べておかなかったので,御本殿がさらに山上にあったとは夢にも思わず。社殿と思ったのが元・神輿殿だったとは。確かに,参道が長くて石碑が多い割には境内が狭くてあっさりしてるなぁ・・・と思ったのです。確か後ろも見たと思うのですが,登り口の階段,まったく気がつかなかったのです。いつの日かの再訪を決して。
自分用の記録超大昔はこの山歩いてて隣の女倉山とケンカしてて富士山が仲裁に!奈良時代からだから歴史はあるよね延暦14年(795年)に創立されたと伝えられ永禄2年(1560年)に再建された素人勘で東を向いてるコトに古さを感じるもしかしたらこの辺で一番古いとされる古館遺跡を指しているのだろうか?新しい鳥居は別の話ココがというか この山がこの辺りの基準になったトコロなんだと思ってる おれには重要な場所ではある蝦夷(エゾまたはエミシ)もののけ姫に登場するアシタカがエミシ でエミシ征伐記念に建てられたと云う話もあるこのエミシがいなかったら茨城って県名も生まれなかった ただその起源の場所ではありませんたぶんココが起源ではないけど このあたりで一番古い歴史はこの少し下からでしょちょい北側には 新潟と交流があったとされる遺跡もある階段登っててっぺんの龍を見に行こう 龍はちゃんとした日本の龍だった そして佐保姫が見たであろう景色や 羽黒八景見てみたい佐保姫!なんて分かりやすいというか さすがと言うべき名ですね まさにって感じです先ずは山腰の鏡池か 佐保姫の影やうちらん羽黒山鏡の池に曇りなけれは鏡の池を探したるか 木が邪魔して何も見えない だれかドローン飛ばしてくださいませあと2回は登らないとならない 冬の朝と夕方2回じゃなかった 5月 ヤマブキの咲く頃にも行かないと木が邪魔で見えないだろけど 羽黒八景の1つを確かめたい確かめなくちゃいけないドローン!自分で撮ろうか 先ずは冬かな?画像はすっかり忘れたから次登ったら撮ってこよ できたらドローンで!ドローン6万か!タケ〰️つ と思ったけど15万円くらい出さないとダメかななので延期せっかくなので 画像に昔ケンカしてた女倉山もアップ。
地元の氏神様でしょうか。きれいに管理されていました。参道に大木があり圧倒されました。
拝殿裏に階段があり、山の頂上に本殿があります。頂上付近に階段が無く、岩とおち葉で滑るので滑りやすい靴は注意が必要です。標高は180メートルですw
| 名前 |
羽黒神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
大子町の開運神社巡り〜⛩️長い参道の先に羽黒神社は鎮座しています。拝殿裏に本殿へつながる階段がありました。夏の参拝だったので虫の心配があり今回は断念しました。