平忠盛公ゆかりの史跡、歴史を感じる場所。
忠盛塚の特徴
平忠盛公ゆかりの史跡があり、歴史の重みを感じられます。
伊勢平氏の発祥地としての伝承が綴られた記念碑が立っています。
清盛の父・忠盛の産湯の場とされる池があり、訪れる価値があります。
忠盛塚(ただもりつか)三重県指定史跡平氏発祥伝説地一般に「忠盛塚」と呼ばれるこの地は、正式には「平氏発祥伝説地」といいます。この塚は、平忠盛が産まれたときの胞衣(えな)を埋めた「胞衣塚」ともいわれ、忠盛が産湯を使ったとされる産湯池も残っています。桓武天皇の曾孫高望王を祖とする平氏は、初め東国に土着し勢力を張っていました。しかし、平将門(まさかど)の乱や平忠常(ただもり)の乱以後、東国は源氏の地盤となり、忠盛の子維衡(これひら)の時に伊勢・伊賀を本拠地とするようになり、寛弘3年(1006)維は伊勢守に任じられています。「平家物語」には、眇め田舎武士の昇進をねたんだ公側が「伊勢瓶子は素甕なり」とはやし、あざけったとあります。維衡の曾孫正盛は白河法王の信任を得て中央政界に進出し、その子忠盛は正四位下但馬守に進み、武士として最初の昇殿を許され、平氏繁栄の基礎をつくりました。ところで、伊勢平氏とは維衡系のことで、「尊卑分脈(そんぴぶんみゃく)」には維衡の孫貞衡とその子貞清は安濃津三郎、貞清の子清綱は桑名冨津二郎と傍注され、北勢から中勢にかけての勢力伸張がうかがわれます。貞衡の弟正衡(まさひら)の流れの正盛・忠盛は、伊勢平氏の中では傍系にあたりますが、忠盛の昇殿、清盛の活躍により、伊勢平氏=忠盛と理解されるようになったと考えられます。そして、貞衡系の伊勢平氏は、いつしか忠盛・清盛の郎徒(ろうじゅう)となり、歴史の表舞台から姿を消してしまいました。
もう少し整備すればもっといい施設になるんじゃないかな⁉︎
田んぼの真ん中のあまり人目につかない公園。綺麗に整備されているときと、そうでないときの差が激しく、夏は藪蚊に刺されます。伊勢平氏の説明文とかもありますし、目の前にコンビニもあるので、春や秋にはここでゆっくりするのもいいかと。駐車場もありますよ〜。
平清盛の父、平忠盛生誕の地で胞衣塚や産湯池、平氏発祥伝承地碑等有ります。wiki等見ると平氏の中で初めて昇殿を果たし瀬戸内海の海賊を討伐し家人として組織化し日宋貿易等で財力を蓄え清盛政権の基礎となったとか。時間がなく津駅からタクシーで2500前後でしたが近鉄線津新町駅から歩いて行けなくもない。また歩いて15分位の所に平忠盛父平正盛の宝篋印塔がある置染神社や旭晶寺が有ります。
歴史の観点からは皆様を参照で。心霊スポットとの噂で夜中来てみましたが、忠盛誕生の地、「と言われている」場所だけに気味悪さは全くありません、歴史好きの霊なら来るかもですが。
伊勢平氏の発祥地と謂われと記した、忠盛の記念碑が有る。
平家の栄枯盛衰はここから始まったと言っても過言でない。田んぼの中の小さな塚なのだけれども、意義深いです。
平清盛父ゆかりの。
平清盛公の父である平忠盛公ゆかりの史跡です。知名度では圧倒的に息子の清盛公ですが、父である忠盛公も紛れもない英雄です。目立たない小さな公園ですが、その分、静かに歴史の感慨に浸れることでしょう。
| 名前 |
忠盛塚 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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訪問時はちょっと荒れ気味でした。