東海道と中山道の歴史を感じる。
草津宿 追分道標の特徴
東海道と中山道の歴史的な分岐点が存在します。
道標には左 中仙道みのぢ 右 東海道いせ道と刻まれています。
草津宿本陣へ向かう途中に立つ場所で、交通の要所でもありました。
その昔は東海道と中山道の追分、分岐点。今は、東海道本線と草津線、名神高速道路と新名神のジャンクション。地勢的にこの地は、そういう役割を持った地なのでしょうね。
2024年11月来訪。草津宿は、ちょうど草津川を境に「東海道」と「中山道」の分岐=追分となっていました。実際の場所がここ。右に行けば東海道、左に行けば中山道(実際は真っ直ぐ)。
ここが追分、東海道と中山道の分かれ目。東海道に向かうと、伊勢にも行くことができます。
東海道と中山道の分岐点。マンホールの図柄にもなってます。今でも草津は高速道路では名神と新名神、鉄道では東海道線と草津線の分岐にもなっており、交通の要衝として賑わう町なんだなと思います。
かつての分岐となる道標。近隣のマンホールもこの道標を模したものがあります。向かいに高札場もあり。
街道巡りをしていると数々の追分を目にしますが、旧街道の大動脈とも言える東海道と中山道の分岐点と思うと特に感慨深いものが有ります。街道好きな方ならワクワクすること間違いないです。草津駅から歩いてすぐですし、本陣も目の前なのでオススメです。道路の向かい側に道路元標も水準点も有ります。
道標には、「左 中仙道みのぢ 右 東海道いせ道」と刻まれています。かつての旅人はここで別れ、ここで出会う交通の要衝だったのでしょう。道標と説明版はゆっくりと落ち着いて眺める余裕がないほど車両や通行人が往来していますので、ご注意を。
かつてこの場所から右方向に進めば東海道そして鈴鹿峠を越えて伊勢へと繋がっていました。左に進めば中山道が続いていました。その追分の道標が残されています。江戸時代草津宿は交通の要衝でした。
旧東海道52番目の草津宿。天井川のトンネルを抜ける直進は中山道、右に曲がると東海道のここが追分。交差点内には、草津市道路元標も現存する。
| 名前 |
草津宿 追分道標 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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草津宿 追分道標 (滋賀県 草津市)旧東海道を 江戸から来た場合だと、ここで中山道と合流。京から来た場合だと、ここで東海道と中山道が分かれます。道標は1816年に建てられました(草津市指定文化財)。道標には「左 中仙道美のぢ 右 東海道いせみち」と刻まれています。左が美濃方向、右が伊勢方向 ですね。最後は江戸で再び合流します。旧東海道を江戸から歩いてきて 草津市に入りました。草津市は 京都や大阪の通勤圏内で人口15万人。旧草津宿エリアは人通りが多く、熱田や四日市以来、久々に都会に来た感じです。(2026年5月)