中之条ビエンナーレで神々と散歩。
澤渡神社の特徴
御祭神を多数祀る神社で、歴史的背景が魅力的です。
建久二年に創建された、由緒ある神社です。
神社周辺には遊歩道があり、散歩を楽しみながら参拝できます。
中之条ビエンナーレの会場。奉納として音楽のパフォーマンスをやっていました。思い切りビートが効いた現代的な音楽でそのギャップがステキでしたね(笑)
静かできれいです。
御祭神 大穴牟遅神 少名毘古那神 速須佐之男命 大山咋命 大山津見命 宇迦之御魂神 品陀和気命 大物主命 大日孁命 豊宇気毘売命 軻遇突智命 火産霊命 大国主命 火食美命 埴山姫命 保食命 伊弉諾命 伊弉冊命 八坂刀売命 建御名方命 火雷神 菅原道真公創建 建久二年(1191)に大巳貴神(大国主神)の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。県道55号線(中之条草津線)からちょい北の傾斜地に、温泉宿や共同浴場、群馬県医師会のリハビリテーション病院などが集まる中の、山の斜面側に澤渡神社があります。かつては湯前神社と呼ばれており、沢渡温泉は古来から病の治癒を目的とした湯治客が多く、その祈願する湯治客が頻繁に参拝に訪れて賑ったといいます。石段を上がって鳥居を潜りまず右手に「沢渡の道祖神」があります。道祖神は、道陸神(どうろくじん)・塞神(さいのかみ)とも呼ばれ、村境や道路の辻などに建てられ、外からの悪霊や疫病など邪悪なものを遮る神として信仰されました。沢渡では、正月十四日の道祖神祭に、村中の人たちが集まりどんどん焼きや鳥追いをして、その年の幸福を祈る行事が行われてきました。この道祖神は、昭和廿年ごろまでどんどん焼きをしていた二十三夜塔の近くに祀られていました。ここは村境で、沢渡から久森方面への分岐点になっています。なお、湯原道祖神(反下と沢渡の分かれ道)と前尻道祖神(大岩と沢渡の分かれ))は、彫りの深い男女二神の和合像で「寛保三年(1743)六月吉日」の年号がありそれぞれ沢渡への道の入口に建てられています。多くの浴客を集めた沢渡への道には、現在ではこの三つの道祖神が残されております。(境内案内板より)社殿は更に一段高い位置にあり、社殿手前の石段の左横には「沢渡の万葉歌碑」があります。左和多里能 手児尓伊由伎安比 安可故麻我 安我伎乎波夜美 許等登波受伎奴(さわたりの てこにいゆきあひ あか駒か あかきをはやみ こととはずきぬ)和歌の大意は、沢渡の手児(若い女性)に行き会いながら、乗っていた馬の足の歩みが早いので、言葉もかけずに来てしまった(土屋文明著『萬葉集上野国歌私注』による)左和多里が沢渡温泉の地であると断定できませんが、裏面の上沢渡福田六右衛門は、丸本旅館の当主の襲名であり、江戸時代に書かれた富田永世著『上毛温泉週』(文化十一年九月一日の記事)の中にこの歌碑が記されていることから文政十一年(1828)以前の建立と推定されます。(境内案内板より)沢渡温泉は縄文文化が栄えた頃から湯の沸く場所とされ、約八百年前から湯治場として確立していたようです。沢渡の湯は、無色透明の硫酸塩泉で肌ざわりが軟らかく、入り心地のなめらかさは元祖美肌の湯とたたえられ、「一浴玉の肌」といわれています。(ブログ「古今東西 御朱印と散策」参照)
神社の左右に遊歩道があり、散歩がてらお参りするのが良いのでは。
名前 |
澤渡神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP | |
評価 |
3.9 |
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旅館街の上から、町民を 見守っています。南方面を向いて鎮座しています。