豊臣秀吉の夢跡、静寂の大仏殿。
方広寺大仏殿跡緑地公園の特徴
かつて豊臣秀吉が造営した大仏殿跡がある公園です。
京都国立博物館や豊国神社が近くにある便利な場所です。
奈良の大仏を上回る大きさの大仏が存在していた歴史ある地です。
方広寺を拝観したあと、方広寺のガイドさんに、時間があるからと方広寺大仏殿跡まで連れてきて頂きました。 表示が無ければ、ここにかつて奈良の大仏を凌ぐ大きさの大仏があったとは想像もつきません。場所は、豊国神社の真後ろになります。唐門が閉じていて参拝できなかった貞照神社の後ろ姿だけ拝観させて頂きました。●大仏殿跡緑地かつてこの地には、豊臣秀吉が奈良東大寺にならって創建し、その後秀頼が再建した方広寺の大仏殿が、偉容を誇って建っていました。 現在の緑地はその中心部分にあたり、2000年に遺構の状態を確認するための部分的な発掘調査が実施されました。調査の結果大仏殿の正確な位置が判明し、その規模も南北約90m東西約55mという、 現在の東大寺大仏殿をしのぐ壮大さであったことがあらためて確認されました。発見された遺構は地下に埋め戻して大切に保存し、 小舗石や板石などで位置を地表に明示しています。
25年1月27日に「方広寺」の「京の冬の旅」拝観後に行きました。豊臣秀吉か盧舎那仏(大仏)を祀るため大仏殿を造った跡地です。大仏は19mありました。「豊国神社」ご本殿の裏側が見えました。
☆豊臣家の栄光と夢の跡。豊国神社の裏手、日本一大きな大仏殿(大仏)があった場所がここ、昔々の方広寺大仏殿の中心部分が緑地公園として埋戻し保存、大仏殿の「柱の礎石」をイメージした丸い形の石がベンチとして点在し平面表示も、入口の「方広寺大仏殿跡」の看板を見ると位置が良く分かります、豊臣家の儚さを感じます🤔
方広寺の奥へ続く細い道を行くとあります。雷が落ちて焼けてしまったそうですが実物を見たかったです。
2025.9.22普段は人も少い公園です。が、今日は訪れる人が多いんです。でも、草と石を見て直ぐに帰ります(笑)ブラタモリの影響ですね、時間をつぶすには想像力が必要です。先ず三十三間堂の南大門から北へ歩き、国立博物館、左に折れて明治古都館を見ながら北上、秀吉の作った石垣を横目に豊国神社。国宝唐門に秀吉像、方広寺の国家安康の鐘の横を通ると、千成ひょうたんに因んでひょうたんの栽培畑、抜けると大仏殿が有った公園跡に到着です。奈良の大仏が焼けてなくなった時代、ならば京に大仏様をと秀吉さん。奈良より大きい19mの大仏さんと、それを収める大仏殿を作ります。台座の部分が石のベンチ、大仏殿の柱は敷いてある丸い石の上、ここに日本各地から巨大な木が集められ柱として立っていたんだな。ここから想像です。方広寺大仏殿の入り口が南大門、なんて広いんだ😲そしてこの建物、これはデカい! 見上げる首が痛いわ(笑)
大仏殿跡緑地:かつてこの地には、豊臣秀吉が奈良東大寺にならって創建し、その後秀頼が再建した方広寺の大仏殿が、偉容を誇って建っていました。現在の緑地はその中心部にあたり、2000年に遺構の状態を確認するための部分的な発掘調査が実施されました。調査の結果大仏殿の正確な位置が判明し、その規模も南北約90m東西約55mという、現在の東大寺大仏殿をしのぐ壮大さであったことがあらためて確認されました。発見された遺構は地下に埋め戻して大切に保存し、小舗石や板石などで位置を地表に表示しています。(京都市)Green space at the site of the Great Buddha Hall:Once upon a time, the Great Buddha Hall of Hoko-ji Temple, which was built by Toyotomi Hideyoshi following the example of Todai-ji Temple in Nara and later rebuilt by Hideyori, stood here with a magnificent appearance. The current green space is in the center of the building, and in 2000 a partial excavation survey was carried out to confirm the condition of the remains. The survey revealed the exact location of the Great Buddha Hall, and it was once again confirmed that it was even grander than the current Todai-ji Temple Great Buddha Hall, measuring approximately 90m north to south and 55m east to west. The discovered remains have been carefully preserved by filling them underground, and their location is indicated on the surface with small paving stones and stone slabs.(Kyoto City)
豊国神社本殿の西隣にある緑地公園。安土桃山時代に豊臣秀吉が建てた大仏殿の本殿跡です。本殿の柱跡だけが現存しており、普段は静かな公園ですが、公園内の樹木の大半がカエデであるため、秋にはかなり絶景になります。豊国神社側からは神社本殿と方広寺駐車場の間に伸びる脇道を東に進み、そこを抜けたらすぐに右(南)に曲がり、一つ目の角を左(東)に曲がると、すぐに辿り着きます。標識などが一切ない住宅地を進むので、迷わないように注意しましょう。
大仏殿跡緑地は、かつて豊臣秀吉が造営した「京の大仏」の大仏殿があった場所です。現在は公園として整備され、大仏殿の遺構を見ることができます。天正14年(1586年)、豊臣秀吉が京都に大仏の造立を始め、慶長元年(1596年)の地震で倒壊しましたが、秀頼によって再建。江戸時代には「京の大仏」として庶民の観光地となっていたが、寛政10年(1798年)の落雷により焼失。大仏が鎮座していた八角形の台座跡や大仏殿の柱跡が、石のベンチで再現されている。
令和三年 3月26日春の香りを探して大仏殿跡緑地公園周りには、豊国神社 方広寺 京都国立博物館などがあります(^^)方広寺の大仏様がここにあったんですね♪当時日本一だとか!!
| 名前 |
方広寺大仏殿跡緑地公園 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 8:00~17:00 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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2026.04.27公園と名がつくが遊び場ではなく、小さな起伏のある広場って感じ。ここに大仏さまがいらしたんだね。江戸時代に焼失しているが、残っていれば京都観光の頂点に並び立つ場所であったに違いない。そんなことを想像しながら鴨川の辺りでビールを飲んだ。