650年の骨波田藤、圧巻の美しさ。
曹洞宗 大用山 骨波田龍洞院 長泉寺.の特徴
樹齢650年の骨波田の藤が圧巻で、一見の価値があります。
藤の花シーズンは特に賑わい、GWには多くの訪問者で賑わいます。
境内は緑に囲まれ、藤の香りが漂う静かな雰囲気が魅力です。
藤の花が終わった、6月の中旬に伺いました。天気は雨で、誰もいませんでした。あたりまえですね。立派な藤棚をみて、藤の花の最盛期はどれくらいなのだろうと思いました。
安くて藤が綺麗でした✨無料駐車場もあります🙆♀️白藤、紫藤💜御朱印もいただきました。外の野菜も新鮮でいいものが買えて満足です❣️2025.5.4
ゴールデンウィーク中に伺いました。駐車場は無料!入館料は藤の開花中とあり600円でした。車を降りた瞬間から藤の花の香りがして、有名どころに引けをとらない圧巻の藤棚でした。隠れスポットみたいな感じでお得感♡昔話に出てきそうな本堂?と青い空と藤棚が心を癒してくれます。
5月11日に伺いました。藤の花の見頃は過ぎていたので400円でしたが人もそれ程混んでおらず、ゆっくり見学出来ました。境内にある藤(ムラサキナガフジ)は、樹齢はおよそ650年と推定され、昭和34年3月20日に、埼玉県の天然記念物に指定されています。 境内本堂前の両側に一対大きく広がって棚を作り、総棚面積2500㎡、花房は1メートルから、長いものでは1.5メートルにも達し、白とピンク、濃い藤色、淡い藤色の見事な4色の花が咲きほこります。他にも樹齢250年、350年とされる古木もあり、藤の花は8種類、8棚に分かれております。 見頃は例年4月下旬から5月中旬です。
文明4年(1474)、関東管領上杉顕定の開基で、曹洞宗の修行道場として最盛期は多くの修行僧が集ったようですが、天保13年(1842)の山火事で焼失してしまいました。骨波田の藤と称される藤の花で有名なお寺です。宝暦3年(1753)、仏国哲眼が長泉寺に向かう途中、荷物の紐が切れてしまいました。そこで辺りにあった古いフジの蔓を紐の代わりとしました。到着すると蔓を庭に捨てましたが、それが根付いたのが「骨波田の藤」となりました。また、仏国哲眼は第19世住職となりました。さらに大昔、この地域一帯は大沼が広がり、その裏山に大蛇が住みつき村人を悩ませていたといいます。坂上田村麻呂が蝦夷討伐の途中にこの地に立ち寄り、大蛇を退治しました。多くの兵士が傷つき倒れたため、田村麻呂は裏山の麓に祠を建てて亡くなった兵士の霊を慰めました。この後、この地域は天災や疾病が絶えず、村人は大蛇の祟りだと怯えていました。そこへ高僧が訪れ祈禱を捧げたところ、沼の水面に沈んでいた大蛇の骨が次々浮かび上がり大きな波が立ちました。僧が村人にその骨を集めさせ、裏山の祠に手厚く埋葬すると、安寧が訪れたといいます。これが骨波田(こつはた)の地名の由来だといいます。当寺開基の上杉顕定(うえすぎあきさだ) は室町時代後期から戦国時代にかけての武将・守護大名で、40年以上にわたって関東管領を務めました。享徳3年(1454)に誕生し、寛正7年(1466)10月に室町幕府8代将軍・足利義政から命じられ、山内上杉家の当主となりました。時は享徳の乱の最中であり、古河公方・足利成氏と関東の覇権をかけて争い、文明3年(1471)には古河御所を占領して勝利しました。しかし文明8年(1476)に有力家臣の長尾景春が古河公方と結んで離反したため苦境に陥り、文明10年(1478)正月に幕府と成氏の和睦を取り持つことを条件に古河公方と和睦しました。文明14年(1482)に顕定の父・房定の仲介で幕府と古河公方の和睦が成立し30年に及んだ享徳の乱は終結しました。その後、顕定は足利政氏と密接な関係を築きましたが、政氏と息子・高氏が不和となると、顕定は出家して両者の仲介に立ちました。永正6年(1509)7月、顕定は越後に攻め入り、上杉謙信の父・長尾為景を越中国に追いやり、さらに越後に攻め入り制圧しました。しかし顕定の越後統治は非常に強硬だったため上手くいかず、国人の反発を受け、さらには長尾為景の反攻に遭い、永正7年(1510)6月20日の戦いで長尾為景の援軍に敗北し自刃し、山内上杉家の衰退につながりました。
今日は雨ですが、そこそこ人は出てました。晴れてたらもっと人が出ていたのではないでしょうか。紫色の藤は、場所によって見頃だったり終わっていたりこれからだったりと色々です。白色の藤は今が見頃ですかね?思っていたより境内は広くほとんどが藤棚になっている感じです。境内に入るには入場料がかかります。今日は600円でした。藤の咲き方で変わるようですが、最大は600円のようでした。駐車場は目の前にあり、かなり広いです。
2025.5/5(月)㊗️とっても綺麗でした😊入口付近の藤は時期が過ぎてしまった感じですが、奥に進むにつれて白い藤や花(房)が1mはありそうな立派な藤が見られます。ずっと藤棚の下を歩けるので気持ち良いです✨️背が高い人は歩くのが大変かも(笑)ベンチも沢山あるので、その点も評価高いです。
藤そのものの美しさもさることながら、長泉寺の堂宇と一体を成すここにしかない景観が見事です。とりわけ藤棚を眼下に望む楼門からの眺めは素晴らしく、普段は下から見上げるばかりの藤の花が、眼下に絨毯のごとく広がる様は圧巻です。樹齢六五〇年ともなれば樹勢に衰えが見えてもおかしくないものの、花房は密度も長さも十二分です。国の天然記念物に指定されている藤は全国に七件あって、対する「骨波田の藤」は埼玉県の天然記念物でしかないのの、それらと比べても優るとも劣らずの見ごたえです。関東の藤の名所のうちでは比較的遅めに、他が四月下旬ならこちらは五月上旬に見頃となるため、どちらかを選ばずともどちらも楽しめるのも魅力です。公共交通機関でのアクセスは便利ではありません。最寄はJR八高線の児玉駅らはは四キロ歩くかタクシーの二択となります。タクシーが常駐しているような駅ではないので、歩くのも待つのも億劫ならタクシーを予約しておくのが良いでしょう。長泉寺周辺には立ち寄るような名所はないものの、児玉駅の周辺には塙保己一記念館、近代化産業遺産の競進社模範蚕室、雉岡城址があります。雉岡城址は主要部分の三分の二ほどは中学校と高校の敷地になっていますが、残る三分の一ほどは曲輪と堀・土塁が良好な状態で保存されています。八高線で寄居まで移動すれば、関東屈指の堅城であった鉢形城が徒歩圏内にあります。高崎まで出れば見るところも食べるところもよりどりみどりとなります。インバウンド客の押し寄せる著名な観光地からは外れていても、少しの下調べで大いに楽しめるものです。
私が訪れた時は見頃にはやや早い感がありましたが、境内狭しと咲き誇る藤の姿は壮観でした。また、丁度見頃を迎えていたツツジを始め、タラヨウジュの木、立派な山門。その山門二階に安置されている広目天・持国天等の仏像も見事で遠路遥々足を運んだ甲斐がありました。(2025年4月29日訪問)
| 名前 |
曹洞宗 大用山 骨波田龍洞院 長泉寺. |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0495-72-3122 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 8:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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児玉三十三霊場としてお参りしました。「骨波田の藤」が有名なので、藤の時期にお参りしようかとも考えたのですが、皆様の投稿を読んで、混雑しそうなので、時期を外して、今回は霊場巡りとしてお参りしました。山門左手に広い駐車場があります。観光バス用5台、乗用車100台駐車できるそうですが、今日は雪に覆われていました。山門手前に六地蔵、山門脇に「骨波田の藤」の受付がありました。受付は藤の時期ではないので締まっています。お寺へは県道44号線から入るのですが、道路が思いのほか狭く、どんなお寺なんだろうと思っていましたが、仁王門も本堂もとても立派で驚きました。仁王門に配された色鮮やかな阿形、吽形の金剛力士像(仁王像)は写実的で、今にも動き出しそうです。また、仁王門の裏側には2階へ上る階段があって、延命地蔵菩薩、聖観音菩薩、文殊菩薩を拝観することができました。本堂でお参りした後、右手庫裡でご住職から御朱印を頂きました。その場で、ご住職自ら書いてくださいました。ご本尊は釈迦牟尼如来ですが、御朱印は十一面面観音です。保安防犯のため、用のある方は玄関でチャイムを鳴らすよう注意書きがありました。山間にある静寂に包まれた境内で、心穏やかにお参りすることができました。この時期に訪れて良かったと思います。